世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3313
世界経済評論IMPACT No.3313

キャピタル・フライトは幻惑なのか? Ⅱ

高屋定美

(関西大学商学部 教授)

2024.02.26

 今年1月からNISA(少額投資非課税制度)が本格的な制度に拡充され,新NISAへと衣替えした。2014年からはじまるNISAだが思うようには口座数は伸びず新NISAを打ち出したが,今後5年間で現在の口座数や買い付け額を倍増させる目標を設定している。

 筆者は,昨年1月30日にこの欄にキャピタル・フライトに関するコラムを寄稿したが,このフライトが静かにはじまるのではないかと,以前と同様に懸念している。NISAが対象とするファンド(投資信託)には俗に「オルカン」と呼ばれる全世界株式を組み込んだファンドや,先進国への分散投資,あるいはESGをテーマにしたファンドなど様々な金融商品が対象となっている。これらのファンドを用いて,これから金融投資を始める人びとも多くなるのだろうと予想している。長年,政府が唱和してきた「貯蓄から投資」への流れがようやく始まりだそうとし,昨年下半期からは多くの識者,金融専門家がNISAの始め方についての解説を行っている。

 投資信託協会が公表しているNISA成長投資枠の対象商品のうち約8割以上が日本以外にも投資を行う金融商品を含んだファンドである。逆に,日本にのみ投資するファンドは2割に満たないようである。実際,NISA口座の資金の約8割が海外投資に向かうわけではないであろうが,豊富な海外投資のためのメニューがそろったことにはなる。オルカンであれば,自然と多くの割合を海外投資することとなり,これまで以上に海外への資金流出が増えるかもしれない。

 教科書的には,投資を行う個人の選好に応じて金融投資を行うのはリスクとリターンを斟酌し投資を決定するものであるが,これまでNISAの解説記事や番組があふれている中で,個人の投資がブームになっていることも否めないだろう。

 個人の選好に応じてNISAを用いて個人資産を最適に配分することは,ファイナンス・経済学の視点では望ましいことに違いない。それがブームであったとしても,将来の金融資産を個人の責任において構築することは必要でもあろう。

 しかし,マクロ的に考えてみると,NISAはこれまで以上に日本から海外への資金流出を招くきっかけになるであろう。上でもふれたように,NISA対象のファンドの多くは円建て証券以外の金融商品を含むものである。2023年下半期から現時点まで,中国経済の不安や,アメリカ株式市場との連動性もあり日本の株式市場は好調さをみせ,NISAを用いて日本の証券を組み込んだファンドの購入もしばらく進むだろう。ただし,ドルコスト平均法に準じるように多くの解説記事は,毎月一定額を長期的にNISA口座からの投資を行うことを推奨している。

 多くの日本の投資家がこのような投資スタイルを採用するなら,最初に決めたファンドへの投資をなかなか変えないといえる。同じファンドに積み立てることで,リスクとリターンを平均的にならすことができるので,年に何回も変更することはないように推察する。そうであれば,いったん海外投資を行うファンドを選択すると,長期的に一定額が日本から流出することになる。貯蓄から投資への移行の中で新NISAをきっかけにして,多くの国民が投資家となることにより,彼ら投資家が資金を海外に持ち出し,その結果として(長期的に)円安トレンドが今後も持続する,あるいはより円安水準になるというシナリオも考えられる。

 従来よりも長期的な円安が続くことでの懸念は居住者が日本で販売される財やサービスを購入するのが難しいといったことである。円安は日本の居住者が海外の商品やサービスを購入するときに,以前よりも高くなることで輸入インフレの原因となる。また,円安となればドル建て表示の日本の諸価格は低下するので,日本への投資がより進むことになろう。既にその兆候は表れているが,長期的な円安トレンドを海外投資家が確信すれば日本への投資(金融,不動産)は進み,資産価格上昇を後押しすることになろう。ここで「日本から海外への投資」よりも「海外から日本への投資」が多くなれば円安は止まるが,強いトレンドのもと,長期的に一定額が流出し続ける額は,海外からの投資よりも多額になるのではないかと想定しており,海外事情によって,短期的に円高局面があったとしても円安トレンドは消失しないのではないかと考えている。

 そのため,国内居住者の名目賃金上昇が遅れれば実質賃金は低下し,購買力は一層低下するであろうし,特に都市部での不動産購入は現在よりも難しくなる。個人の将来生活のために必要な資産形成を促すNISA導入が,現在の購買力を低下させるという皮肉な結果となるかもしれない。

 その皮肉な結果を回避するには,多くの論者が主張するように日本企業による名目賃金の引き上げは必要であろう。これについては十分とはいえないものの,現在,賃上げの余力のある大企業だけでなく,中小企業も賃上げを進めている。それとともに,日本から海外に投資を拡大させることのないように,日本経済への信頼が何よりも重要である。日本企業の将来での期待収益トレンドが海外のそれよりも高くなれば,さらに適切な金融政策を実行し日本の金融市場への信頼も高まれば,居住者による日本への投資も増してゆくであろう。結局のところ,日本の投資家自身が日本経済の先行きをどのように期待しているのかという当たり前の状況が現在,そして将来の円安の行方を決めていく。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3313.html)

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