世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
欧州での選挙結果と経済統合
(関西大学商学部 教授)
2024.08.19
2024年8月のパリでのオリンピックが終了し,フランスの政治が再び動こうとする。選挙結果を受けて,アタル政権が総辞職したものの職務執行内閣として新内閣が成立するまで留任している。ようやく,組閣の動きも本格化するであろう。フランス議会議長選挙の結果から,現政権を中心とした中道勢力が右派「共和党」,中道「オリゾン」などを結集して組閣される見通しが有力ではあるものの,予断を許さない。EUでの中心国の一つであるフランス政権が外交的にどのような対応をとるのか,特にEUとの関係をどのように進めていくのかは,フランスの内政だけでなく,他のEU加盟国,そして国際政治全体にも影響を与えるため,大きな関心を寄せている。
このフランス下院選挙の結果をもたらしたのは,少し前になるが,欧州議会選挙での結果を受けて,マクロン大統領が議会解散を選択したことによる。エリート気質を持つマクロン大統領の自信がその選択をさせたのかもしれないが,フランスだけでなくEUにとってもサプライズであった。その欧州議会選挙であるが,その選挙直前には各国での極右精力の台頭がとりざたされ,EUの将来への不安が高まっていた。結果は,右翼が伸長したものの,議会の勢力図を大きく書き換えるものではなく,次期欧州委員会委員長もフォンデアライエン委員長が就任する。したがって,経済戦略面では,前委員会が推進してきた欧州デジタルフォーメーション戦略(DX)と欧州グリーンディール戦略(GX)の方針は大きくは変換されない見通しである。
とはいえ,今回の欧州議会選挙,そしてフランス下院選挙の選挙中からの欧州諸国での動きは,これまでのEU統合とくにEU経済統合がもたらしたものを再認識させられる。経済統合によって,大きな市場を創出し,それによる競争を通じてビジネスが拡大し,また巨額の設備投資も進み,停滞していた欧州経済の成長を進展させてきた。その一方で,経済統合がもたらした負の側面も大きい。地域的な経済格差の拡大や,域内間での労働者の流出による地域衰退や逆に流入による都市問題の深刻化,近年では物価高に対する不満やGXにともなう農家や企業,そして消費者の不満の高まりもある。何より,EUで決められた経済ルールは,自分たちが決定したことではないという不満も大きい。それはブレグジットの背景にもあったが,依然として加盟国内の一定層にも共通するのではないだろうか。
欧州での選挙結果が正確に民意を反映したものではないであろうが,EU加盟国政府とEUによる経済政策が先にふれたような経済的不満のすべてを吸収しきれていないことを映し出している。いままで進めてきたEUによる経済統合は,欧州の資本主義経済を再構築し,欧州独自の資本主義体制をできる限り温存しつつ,米国・アジア経済と競争するための経済力を高める経済実験でもある。資本主義を維持するためには,企業による設備投資が欠かせないが,それをより現代的に転換させるのが,先のDXとGXである。以前から今に至るまで資本主義経済への批判には事欠かず,気候変動への懸念の高まりもあり,脱成長の経済システムへの移行を唱える論調もある。
理論上,投資をせず資本主義経済を捨てても,市場経済を成立させることはできるが,欧州の企業家,株主の欲望が一斉に消失し,設備投資を実行せず実質成長をあきらめるとは(あり得るかもしれないが)想像はできない。EUもそのようなことを期待しているわけではなく,資本主義体制を維持しつつ,EUの独自政策を打ち出したのである。その思惑の中で,DXとGXは重要な柱である。一方で,現在のEUが進めてきた資本主義経済体制を強靱化するための経済統合が,様々なEU域内,EU加盟国内での経済問題を際立たせてきた。EUは,この資本主義体制の強靱化と域内・国内経済問題の二つの解を同時に求める必要がある。
この解の導出のために重要な役割を担うのが,財政支出であると考える。EUでは新型コロナ感染のために一時期停止されていた安定成長協定による財政ルールが若干手直しされて復活した。日本のように財政赤字を大幅に出すことを禁じられているEU加盟国であるが,公的支出である財政支出によって成長と分配のバランスを解決する必要があると考えている。これらについては,また別の機会で論じたい。
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