世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3919
世界経済評論IMPACT No.3919

タテ糸の信頼とヨコ糸の多様性が織りなす地域金融の新戦略

伊鹿倉正司

(東北学院大学地域総合学部 教授)

2025.08.04

 日本の地域金融機関は,融資担当者と取引先,あるいは金融機関と地元企業のあいだに築かれた“庇護-従属”の関係を軸に発展してきた。中根千枝『タテ社会の人間関係』(1967年)が示すように,上下序列と「場」への強い帰属意識が信頼の条件となる日本的組織構造の典型例である。この序列内では人格と役割が未分化のまま相互扶助が機能し,長期融資や経営支援を通じて地域経済を支えてきた。

 一方で,人口減少に伴う需要の縮小とデジタル技術がもたらす取引の即時性は,タテ型ネットワークの閉鎖性をより顕在化させている。序列が固定化すれば若い起業家や域外プレーヤーは「外」と見なされ,資金と情報の流れが停滞する。暗黙の了解に依存した意思決定は遅延と誤解を招き,中根が指摘した「役割と人格の未分化」が合理的判断を曇らせる局面が目立つ。

 こうした閉塞を打開すべく,近年の地域金融機関は“ヨコの糸”―水平的ネットワークによるリレーションシップバンキング―を編み始めた。象徴的な事例として,静岡銀行が県・静岡大学と共催する「TECH BEAT Shizuoka」が挙げられる。同イベントはスタートアップ約140社,来場者約8,000人を集め,地域金融機関が「地域課題の編成者」として機能するモデルを提示した。また,横浜信用金庫も建設関連バイヤー9社を招いた「夏の建設商談会」を主催し,取引先が対等な立場で商談できる開放型プラットフォームを整備した。さらに北陸銀行と日本政策投資銀行は「ほくほく応援ファンド」を組成し,優先株式や劣後ローンを駆使し,総額10億円規模で地域企業にリスクマネーを供給している。

 水平型アプローチの意義は二つある。第一に,「内・外」の境界をあいまいにし,地域外や異業種の知恵を柔軟に取り込める点である。タテ社会では外部者が序列の外に置かれがちだが,ヨコ型の場では肩書や年功よりも課題解決への貢献度が評価軸となる。第二に,資金提供機能と意思決定機能を切り分け,ガバナンスの透明性を高められる点である。地域金融機関がコーディネーターに徹し,投資判断を外部審査委員会に委ねることで責任とリスクの所在が明確化する。

 もっとも,水平型だけですべてが解決するわけではない。合議制は時間を要し,責任の希薄化も招きやすい。例えばクラウド情報共有にはセキュリティコストが伴い,年功序列文化に慣れた老舗企業からは「最終決裁者が見えにくい」との戸惑いも聞こえてくる。金融庁は2024事務年度の行政方針において,事業性融資や災害対応ファンドを評価指標に組み込み,横断的連携を後押しする考えを示したものの,現場の文化変革には時間と説得が不可欠である。

 結局のところ,中根が半世紀前に描いた「タテ社会」はいまも地域金融機関の深層に息づく。しかし,「場への依存」や「疑似家族的な絆」は,水平的協働を支える社会関係資本へと転換し得る。タテ糸の信頼とヨコ糸の多様性を織り合わせるハイブリッド型ガバナンスこそ,人口減少とデジタル化という二重の荒波を乗り越える鍵となる。しなやかな布地のように強靭で柔軟な金融インフラを築くことが,地域住民と企業に新たな安心と挑戦の機会をもたらすだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3919.html)

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