世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3872
世界経済評論IMPACT No.3872

中国が調停に特化した紛争解決機関設立へ:3つの注目点

遊川和郎

(亜細亜大学アジア研究所 教授)

2025.06.16

 米トランプ政権が次々と繰り出す予見不能な政策に国際社会が翻弄される中,中国は多極化に向けて新たな手を打ってきた。国際調停院の設置である。5月30日,王毅共産党政治局員兼外相が出席し,香港で国際調停院設立条約の署名式が開かれた。条約に署名した締結国(創設メンバー)は中国の他32カ国で,中国の説明によればみな「一帯一路」参加国である(日本の報道では32カ国としているが,同院公式HPではナイジェリアを含めて33カ国と掲載)。中国は2022年から十数の「立場の近い国々」とともに調停に特化した国際機関の設立に向けて動き出したという。

 国際紛争の解決と言えば,オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ),同地の常設仲裁裁判所,また国際商事分野においては「調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約(調停に関するシンガポール条約)」がある。中国の説明では,紛争解決には交渉,調停,仲裁,訴訟,国際機関の介入などの方法があり,国際調停院は調停に特化した初の国際機関であるとしている。

 今回の中国による国際調停院の設立には大きく3つの注目点がある。まず,調停の持つ性質と意味である。当事者間の交渉は難航する。仲裁は効率がよいが公平性に問題がある。訴訟には権威があるが時間を要する。それぞれ一長一短があるなかで,調停には柔軟性があり,経済的,簡潔で執行しやすく,東西のガバナンス理念や文化的な包摂性を備える,というのが中国の主張である。仲裁も調停もいずれも第三者を介して紛争を解決する点は同じだが,仲裁は仲裁人の判断が拘束力を持つのに対し,調停では調停人の和解案は拘束力を持たない。思い出すのは2016年にオランダ・ハーグの仲裁裁判所が中国による南シナ海での主権主張を否定した際,中国は「紙くず」と切り捨て受け入れを拒絶したことである。今回の国際調停院設立条約では,「領土主権,海洋境界画定,海洋権益に関わる紛争,その他当該国が調停に適さないと判断する問題など,当該国が除外を宣言した紛争に関しては,当該国に対して調停サービスを提供しない」としている。

 二つ目の注目点は,新興国,グローバルサウスを念頭に中国が新たな国際公共財を提供するということである。同条約に署名した中国を除く創設メンバーはアフリカ15カ国,中南米5カ国,大洋州6カ国,アジア4カ国(インドネシア,カンボジア,パキスタン,ラオス),欧州2カ国(ベラルーシ,セルビア)で,アジアインフラ投資銀行(AIIB)とは異なり,西側主要国はどこも参加していない。見方を変えれば,既存の紛争解決メカニズムでは解決に至らない問題を抱えた国々に対して,新たな解決の可能性を提示しようとする試みと評価することもできる。問題はそれらの国々に対する中国の影響力浸透が多極化を目指す中国による国際秩序の修正を加速させる可能性だろう。

 三つめは同院が香港に設置されることである。中国の説明では香港の返還自体が国際紛争の平和的解決の成功事例であるとしているが,返還後,一国二制度の原則が骨抜きにされた現実を見れば,皮肉でもある。香港に設置される初めての国際機関となるが,2021年からスタートした第14次五カ年計画(2021~25年)および2035年までの長期目標では,香港について「アジア太平洋地区の国際法および紛争解決サービスセンター建設を支援する」とも明記されていた。コモンローと大陸法の両方に通じ,世界と繋がるという新たな期待に応えたいところである。

 これら3つの視点を踏まえて同院の今後の活動を注意深くみていく必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3872.html)

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遊川和郎

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