世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3908
世界経済評論IMPACT No.3908

米,インドネシアと相互関税合意:なぜSNSで発表するのか?

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2025.07.21

 トランプ大統領は7月16日,インドネシアのプラボウォ大統領との相互関税交渉に合意したと発表した。英国,ベトナムに次いで3番目の合意だ(注1)。この報道は,同日,日経とNHK Newsのサイトで知った。筆者は日経記事を有料購読していないので全文が読めない。NHKの方は全文が読めるが,添付された大統領のSNS(Truth Social)が全文なのか不明。このため筆者は,トランプ大統領のSNSを読むため,気が進まないがやむを得ず,Truth Socialに会員登録した。

 SNSへの投稿を見て,その内容はNHK Newsと同じことが分かったが,なぜインドネシアはここまで米国に譲歩したのか理解できない。この投稿は以下の内容がすべてだ。①米国の対インドネシア産品の輸入関税19%(4月2日の米発表32%からの大幅引き下げ),②インドネシアの対米輸入関税・非関税は0%,③インドネシアは米国産エネルギー150億ドル,農産物45億ドル,ボーイング旅客機50機(多くは777)の購入を約束(米国の義務は全く書かれていない)。筆者は,これは何たる不平等協定かと驚くが,インドネシアは米国の相互関税が引き下げられたことを喜んでいる。

 米国政府は,トランプ大統領の短いSNSではなく,なぜUSTRなど政府の公式サイトに堂々と,もっと明確に合意の詳細を発表しないのか。発表しても不都合は全くないはずだ。発表した方が遥かに分かりやすいし,内容を明確に紹介できる。SNSでは,外国との貿易交渉がトランプ大統領の私的行為のような印象を与えるし,詳細を隠すためにSNSに発表したのではないかと懐疑的になってしまう。同SNSには,ハワイトハウスのレターヘッドが付いた各国首脳宛の書簡の写真も掲載されているが,おもちゃ箱をひっくり返したような状態のSNSの中から必要な投稿を探すのは面倒すぎる。

 一方,7月2日に合意されたベトナムとの協定の概要は,ジェトロのビジネス短信に掲載されているが,現時点でも,米国の公式サイトには全く発表されていない。7月15日付のワシントン発ロイターは,同合意を「暫定合意」とし,トランプ大統領の発言として,「ベトナムとの貿易協定はほぼ完了し,協定の詳細を公表できるが,その必要はないと考えていると語った」,また,協定の詳細を公表するかとの質問に,大統領は,「公表するかもしれないが,詳細をどれだけ公表するかは重要ではないと答えた」と報じている。このトランプ発言は全く理解に苦しむ。民は知らなくてよいというのは,まさに独裁者の発言ではないか。

 ベトナムとの合意を米国が発表できない背景には,ベトナムが米国と合意した後,中国が「中国の利益を犠牲にするいかなる合意にも対抗措置を講じると警告している」ことに関係し,ベトナム政府内で議論が決着していないためだと,7月16日付のニューヨーク・タイムズは報じている。同紙は,米国のベトナムとの協定には,中国を封じ込め,中国をサプライチェーンから締め出そうというトランプ大統領の意図があるからだとしている(注2)。

7月末まであと2週間,トランプはどうする?

 トランプ大統領は,交渉に進展がなければ,8月1日から相互関税を引き上げるとの警告書簡を,これまで日本,EU,ラオスなど25ヵ国余に送った。このうち交渉に合意したのは,上記のインドネシアだけである(交渉中だったためかベトナムには書簡を出していない)。合意に達していない日本などに対して,米国は8月1日に7月7日以降に通告した相互関税率を一方的に適用するのだろうか。また,警告書簡をまだ出していない30ヵ国余に対しては,7月7日以降に決めるはずの相互関税率も米国はまだ各国に通告していない。これら30ヵ国余の国には,8月1日に一方的な相互関税の通告と実施を同時的に行うのだろうか。また,8月1日に,50ヵ国余の国に対して一斉に相互関税を適用した時,4月9日に相互関税を90日間停止せざるを得なくなったような金融市場の動揺が,再び起こらないといえるのだろうか。

 8月1日は絶対に変更しないと言い張っているトランプ大統領は,相互関税問題の総元締めでもある。再び4月9日のような事態になれば,TACO(Trump Always Chickens Out,トランプはいつも最後にビビッてやめる)と言われる大統領の力は地に堕ちる。

[注]
  • (1)米国は英国(対米貿易赤字国)に相互関税を課しておらず,また4月2日付の大統領令の付属書で交渉対象とした57ヵ国にも入っていない。このため,英国を相互関税交渉合意国とするのはおかしい。英国の対米交渉の目的は別にある。本コラム6月2日付No.3850参照。
  • (2)7月16日付ニューヨーク・タイムズ記事(Indonesia Confirms U.S. Trade Agreement, but Details Remain Scarce)。ベトナムと同様にインドネシアとの協定にも,トランプ大統領の中国封じ込めの意図があるとしている。また,同紙もベトナムとの協定を「暫定協定」(preliminary agreement)としている。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3908.html)

関連記事

滝井光夫

最新のコラム

おすすめの本〈 広告 〉