世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3824
世界経済評論IMPACT No.3824

米国の利下げは遠のいたのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.05.12

6月利下げの織込みは2割以下に低下

 5月6,7日の米FOMCでは,大方の事前予想通り,金融政策の変更は見送られました。6月17,18日の次回FOMCについては,金利先物市場における利下げ織込みの度合が,5月2日の4月分雇用統計の発表前には6割強であったものが,7日にでは3割以下に低下しました。

 米国の失業率は,2023年4月の3.4%から24年7月に4.2%まで上昇した後,概ね横這いとなり,25年4月も3月に続いて4.2%となりました。雇用悪化の兆しが見えていないことが,金融市場における6月のFOMCでの利下げ観測の後退につながったと考えられます。パウエル議長も,今回のFOMC後の記者会見で,貿易政策に対する懸念から景気の先行き不透明感が増しているものの,労働市場の状態は堅調だと述べています。

4-6月期に実質GDPは反発するのか

 1-3月期の実質GDPは,前期比年率換算値で−0.3%と減少しました。トランプ関税前の駆込み輸入増で純輸出の寄与度が−4.8%と大幅マイナスとなったことの影響が大きいようです。4-6月期には駆け込み増の反動で輸入が急減して,実質GDP成長率は反発するとの見方もあります。ただ,世界景気の悪化やトランプ関税に対する他国の対抗措置などが影響して米国の輸出も減少しそうです。米国内では,関税発動による物価上昇を見込んで,1-3月期には在庫投資,機械・装置設備投資,耐久消費財支出などに駆込み増が生じたと見られ,4-6月期には反動減が生じる可能性もあります。そうした点から見ると,1-3月期の実質GDPの落ち込みは一時的とは限らないようです。

 経済全体の需給の指標であるGDPギャップは,需要を示す実質GDPと供給能力を示す潜在GDPとの差に対する比率として表されます。米議会予算局が推定している潜在GDPに基づいてGDPギャップを算出すると,昨年10-12月期の+1.9%から,今年1-3月期には+1.3%へと需要超過幅が縮小しました。足元で潜在GDP成長率は年率+2.3%と推計されています。したがって4-6月期の実質GDP成長率が前期比年率換算+2.3%以下に留まれば,4-6月期もGDPギャップのプラス幅が縮小することになります。6月17,18日のFOMCまでに4-6月期のGDPは発表されませんが,アトランタ連銀によるGDPナウキャスト等によって,4-6月期の実質GDPが年率+2.3%を大きく下回るとの見通しが強まれば,需要超過幅の縮小が続くことてインフレ圧力が低下することが見込まれるようになり,一旦後退した6月利下げの機運が再び高まるでしょう。

中長期期待インフレ率の上昇には要注意

 ただし,トランプ関税が短期的な物価上昇圧力になるだけに留まらず,中長期の期待インフレ率も押し上げている点には注意が必要です。ミシガン大学の消費者調査によれば,消費者物価指数の向こう5年の期待インフレ率は,昨年12月時点の年率+3.0%から今年4月には+4.4%へと大きく上昇しています。各国との関税交渉が進まず,トランプ政権が関税賦課に対してより強硬な姿勢を示したり,貿易赤字削減のために米ドル安志向を強めたりすると,景気が悪化して需要超過幅が縮小しても,期待インフレ率が高止まりしかねません。景気悪化が明らかになれば,Fedに対するトランプ政権からの利下げ要求は一段と強いものとなるでしょう。しかし,期待インフレ率が高いままではFedが利下げに踏み切ることは困難です。6月のFOMCに向けてトランプ政権とFedの対立が鮮明になり,金融市場の混乱をもたらす懸念があります。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3824.html)

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