世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
FRBと日銀はどこで間違えたのか
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2025.08.04
インフレ率の低下が遅れる日米
米国の消費者物価指数前年同月比上昇率は,2020年5月の+0.1%から2022年6月に+9.1%まで急上昇した後,急低下し,2023年6月には+3.0%となりました。しかし,その後のインフレ率の低下は緩やかで,直近の2025年6月には+2.7%でした。ユーロ圏のインフレ率は2020年12月の−0.3%から2022年10月の+10.6%へと,米国以上に加速しましたが,そこから一気に下がり,2023年11月には+2.4%となりました。2025年6月には+2.0%と,欧州中央銀行の目標に一致しています。中国のインフレ率は2020年11月の−0.5%から2022年9月には+2.8%まで上昇しましたが,2023年4月には+0.1%まで下がり,その後は0%前後で推移しています。2025年6月には+0.1%でした。一方,日本のインフレ率は,2020年12月の−1.2%から2023年1月には+4.3%まで上昇しました。中国より上昇幅は大きかったものの,米国やユーロ圏よりは緩やかでした。ただ,それ以降,インフレ率はあまり低下していません。2024年1月には+2.2%まで下がったものの,その後再上昇して2025年6月時点は+3.3%であり,米国,ユーロ圏,中国を上回っています。ユーロ圏のインフレ率は目標水準,中国では0%近辺という点では,日本で一般に考えられているほどインフレは世界的なものではないと言えます。米国のインフレ率の低下はユーロ圏より遅れていますが,それ以上に日本の低下の遅れが目立ちます。
FRBは利上げが遅過ぎ,利下げが早過ぎた
米国では,基調的インフレ率の指標である消費者物価加重中央値の前年同月比上昇率は,2021年3月の+2.1%から2023年2月には+7.0%まで上昇しました。コロナ禍による供給制約と,給付金支給などの財政刺激策による自動車やエネルギーなどの物価高騰が,まず加重平均値である消費者物価指数を押し上げ,次第に他の財やサービスの物価に波及して全般的インフレになったことがうかがわれます。
米国では政策金利の引上げが2022年3月から始まりましたが,消費者物価加重中央値上昇率が上がり始めてから1年後の利上げ開始は,遅過ぎたようです。景気回復を急いでいた当時のバイデン政権に対するパウエルFRB議長の「忖度」があったのかもしれません。失業率は2020年4月の14.8%から2021年9月には5%を割り,同年12月には3.9%まで下がりましたが,米政府もFRBも,労働参加率(労働力人口/生産年齢人口)がコロナ禍前より低水準であったことから,労働者が労働市場に十分に戻ってきていないとして雇用回復の遅れを指摘していました。
政策金利の目標レンジは,2022年3月までの0~0.25%から2023年7月には5.25~5.5%へと,1年半弱で合計5.25%ポイントの大幅引上げとなりました。その後,インフレ率の低下と失業率の緩やかな上昇を受けて,2024年9月から12月に合計1%ポイントの利下げが行われました。ただ,消費者物価加重中央値の前年同月比上昇率は,2024年12月には+3.7%,2025年6月には+3.6%,失業率は昨年12月も今年6月も4.1%であり,インフレ率の低下と失業率の上昇がほぼ止まっている点では,昨年9月からの利下げは早過ぎたようでもあります。
2%の物価安定の目標に固執する日銀
日本では,上で述べたように,2021年から2023年初めにかけて消費者物価インフレ率が急上昇したのに対し,マイナス金利政策が2024年3月まで続き,その後の利上げペースも緩やかです。政策金利である無担保コール金利の目標値が現在でも0.5%であることは,金融緩和の修正が遅すぎるとの印象を否めません。金融緩和の修正の遅れが,円安を通じてインフレ率の高止まりを招いたとも考えられます。ただ,消費者物価加重中央値の前年同月比上昇率は,2023年10月に+2.2%まで一旦上昇したものの,その後は2%以下で推移し,2025年6月も+1.4%に留まっています。日本では物価上昇が食料,エネルギーなどに留まり,全般的インフレに至っていないため,日銀は利上げに慎重な姿勢を続けてきたと考えられます。しかし,家計には,食料,エネルギーなどの生活必需品の物価上昇は大きなダメージとなっています。
FRBは金融政策の変更のタイミングを間違えたようですが,日銀の場合は,2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現に固執してきたことが,かえって円の信認低下と食料,エネルギーを中心とした物価高騰をもたらしたのではないでしょうか。
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