世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3936
世界経済評論IMPACT No.3936

スタグフレーションの様相が強まる米国経済

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.08.11

年前半の実質GDP成長率は低調

 7月末から8月初めにかけて発表された米国の経済指標を全体的に見ると,景気がもたつく一方,インフレ率が高止まり,スタグフレーションの様相が強まったと言えます。

 7月30日に発表された4-6月期のGDP統計によれば,実質GDPは前期比年率換算値+3.0%と,1-3月期の−0.5%から反発しました。ただ,これはトランプ関税発動前に急増した輸入が反動で急減したことの影響が大きかったようです。実質GDPは,1-3月期と4-6月期の平均では+1.2%の成長となり,昨年7-9月期と10-12月期の平均の+2.8%から鈍化したとともに,米議会予算局の推計によれば足元で年率2.3%程度とされる潜在成長率を下回るものに留まりました。

注意すべき労働参加率の低下

 8月1日に発表された7月分雇用統計によれば,非農業部門就業者数は,5,6月分が下方修正され,7月の伸びも前月比7万3000人増と,過去1年の平均12万8000人増を下回りました。ただ,雇用・賃金情勢を総合的に示し,名目GDPとの相関が強い民間非農業部門賃金総額(就業者数×平均労働時間×時間当たり賃金)は,7月には前月比+0.7%,前年同月比+5.3%となり,6月のそれぞれ-0.0%,+4.5%を上回る伸びとなりました。この点では,景気のさらなる減速を示唆するものではなかったようです。

 一方,足元での労働参加率(労働力人口/生産年齢人口)の低下には注意が必要です。景気が悪化すると職探しをあきらめる人が増え,労働参加率が低下する傾向があります。労働参加率はコロナ禍直前の63.3%からコロナ禍初期の2020年5月に60.1%まで急落した後,2023年8月には62.8%まで回復しました。その後62.4~62.8%の範囲で推移していましたが,2025年5月から3カ月連続して低下し,7月には62.2%と,2022年11月以来の低水準となりました。労働参加率が低下して労働力人口が減少すると,就業者数が増えなくても失業者数(労働力人口−就業者数)が減るため,実際には雇用情勢が悪化していても失業率が上がらないといった現象が生じやすくなります。失業率は3月以降,6月の4.1%以外は4.2%で横這いに留まっていますが,7月の労働参加率がもし3-5月の平均水準(62.5%)であったならば,7月の失業率は4.7%になっていたと計算されます。

遠ざかる2%インフレ目標の実現

 7月31日に発表された6月の個人消費支出価格指数を,足元の動きを示す6カ月前比年率換算値で見ると,FRBが注目しているとされるエネルギー食品を除くコア・ベースで+3.2%,基調的インフレ率の指標である個人消費支出価格中央値では同+3.4%となります。昨年12月にはそれぞれ+2.4%,+2.9%でしたので,今年に入ってインフレ率の低下は止まっていると言えます。トランプ関税の物価への影響はこれから本格化しそうであり,FRBが目標とする2%インフレの実現は遠ざかっています。

 雇用統計を受けて,金融市場では9月16,17日開催の次回FOMCでの利下げ観測が一気に強まりましたが,物価安定と最大雇用の二重の責務を持つFRBとしては判断が難しい所です。ただ,過去の景気鈍化局面では,失業率の上昇傾向が明らかになると,インフレ率が下がっていなくてもFRBは利下げに踏み切ることが多く,物価安定よりも最大雇用を優先する傾向が強かったようです。9月5日発表の8月分雇用統計がさらなる雇用情勢の悪化を示すかどうかが,9月のFOMCでの判断の決め手になりそうです。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3936.html)

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