世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TSMC・ファウンドリーの王者:なぜ“護国神山”と呼ばれたのか?
(九州産業大学 名誉教授)
2025.02.03
毎年秋ごろに発生する台風は,台湾の東南側から上陸することが多い。しかし,台湾島の南北には中央山脈(最高峰:3,825mの秀姑巒山)や玉山山脈(台湾最高峰:3,952mの玉山),雪山山脈(最高峰:3,886mの雪山)など3,000メートル級の山々が聳えている。これらの山脈を通過すると台風の勢力は大幅に低減し,人口密集の台湾西部へのダメージが減少する。そのために,台湾の人々はこれらの山脈を「護国神山」や「護国群山」と呼んだ。
今日,台湾の人々が,TSMC(台湾積体電路製造)を「護国神山」と呼んだのは,「シリコンの盾(シリコン・シールド)」の役割を果たしているからだという。要するに,TSMCは半導体の委託製造(ファウンドリー)で市場シェアの6割以上,最先端半導体の市場シェアの9割以上を占め,世界における支配的な存在である。万が一,台湾が中国の掌中に落ちるようなことがあった場合,それは単に台湾の国家安全保障上の問題ではなく,米国も半導体に関連する先端技術分野の覇権を失うことを意味している。それ故に,ウクライナ戦争への参戦に消極である米国が,台湾については,TSMCがあるからこそ「守る」姿勢を示すという,正に「シリコン・シールド」の役割があると人々は信じている。
なぜTSMCはライバルに勝ち続けるのか
筆者が初めてTSMCに注目したのは,2014年に上梓した単著でTSMCについて1章分を書いた時である。当時,日本人の殆どが,TSMCとはどのような企業であるか知らない時期でもあった。それ以降,筆者はTSMCの動向に注目し続けてきた。
一般にTSMCがライバルであるサムスンやインテルに勝ち続けた理由は「技術の優位性」によるものと考えられているが,筆者は技術の優位性のほか,「天の時」,「地の利」,「人の和」の3つの視点から観察している。
(1)天の時
前掲の拙稿「アップルとTSMC,出会いの真相」(12月30日付,No.3674)では,アップルの最高執行責任者(COO)であるジェフ・ウィリアムス(Jeff Williams)が2010年11月にTSMCの創業者張忠謀(モリス・チャン)を訪ね,その後にアップルから発注が打診され,TSMCが受注獲得に至った経緯を紹介した。
一方,サムスンは,自社ブランドの「Galaxy」を擁し,かつ,アップルのiPhone搭載の半導体チップも供給した。しかし,2011年4月にアップルは,サムスンのスマートフォン端末「Galaxy」シリーズとタブレット端末「Galaxy Tab」シリーズに搭載されたチップが,アップルの特許,意匠,商標を侵害したとして米国,欧州,アジア,オセアニアの諸国でサムスンを訴えた。これに対しサムスンもすぐ反応し,それぞれの国で自社の特許に,iPhone/iPadが侵害するとしてアップルを反撃で訴え,長年にわたる特許訴訟に発展した。ウィリアムスCOOは,サムスン電子の商業的倫理を遵守しない体制を強く批判した。
前述のように,ウィリアムスCOOが2010年11月にモリスを訪ねた時,恐らくアップル内部では既に対サムスン訴訟の準備と代替企業の発掘を進めていたものと考えられる。当然のことながら,特許機密を盗んだ訴訟相手に製造委託をする訳もなく,TSMCに白羽の矢が立った訳である。アップル対サムスンの訴訟に,TSMCは「天の時」を得たと考えられる。
2007~2012年に至るまで,iPhone搭載の半導体チップの供給はサムスンが独占的に請負っていた。しかし,2014年9月に発売されたiPhone6に搭載された20nm(ナノメートル)のA8チップは,TSMCが初めて単独でアップルから受注したもので,ウィリアムスCOOからモリスが打診を受けた4年後に実現した快挙であった。
2015年発売のiPhone6Sおよび2016年のiPhoneSEに搭載されたA9チップは,TSMCの16nmとサムスンの14nmの2社のチップが搭載され,2大ライバルが天下を分けた。しかし2016年のiPhone7に搭載されたA9チップは,TSMCが16nmチップを単独で供給することとなった。半導体の線幅は微細化するほど先端技術と言われていたが,この時のTSMCの線幅はサムスンに劣っている。しかし,TSMCの半導体チップが採用した主な理由に,当時,サムスンの良品率が僅か30%であったこと,さらにチップが過熱し易かったことがある。韓国メディアのKBS Newsによる韓国人消費者へのインタビューで「(サムスンの)スマートフォンを地面に落とすと発火し,まるで爆弾だ」という発言が聞かれるようになっていた。
(2)地の利
サムスンとインテルは,半導体の設計,製造と封止・検査を一社で統括する「垂直統合」(IDM)企業であり,加えて自社ブランドを持つため,生産ラインでは自社製品を優先的に製造し,ラインに空きがあった時のみ,ファブレス企業から受託製造を受け入れる方式である。また,自社のブランド製品があるため,仮にファブレス企業とIDM企業とが同じ製品を製造している場合,委託先からの機密が漏洩するリスクがある。しかし,ファウンドリー企業のTSMCに委託した場合,ファウンドリーは自社の製品を持たないため,機密漏洩のリスクが極めて少ない。
台湾におけるTSMC諸工場の立地は,北の新竹サイエンスパーク,台中の中部サイエンスパーク,台南と高雄の南部サイエンスパークの3つの地域に分布し,その間の移動でも2時間以内に目的地に到達することができる。同時に,TSMCのサプライチェーンも同じ時間内に立地していることからサポート体制も極めて良好である。これはTSMCが享受できる「地の利」であろう。
TSMC部内における工場設置の評価でも,人材の募集,電力や水道水のインフラ供給,高速道路・空港などインフラ基盤の整備情況などのいずれの点においても台湾が半導体ウエハー製造にもっとも適しており,かつコストも最も安価である。同じ規模の半導体製造工場を設ける場合,日本は台湾の約1.5倍,米国は約2倍以上のコストが必要とされており,「地の利」の点で台湾の評価が最も高い。
(3)人の和
2014年12月,TSMCは次世代の10nm半導体チップ開発に取り組み,モリス会長(当時)が,半導体R&D部門初の「夜鷹プロジェクト」を開始した。このプロジェクトに約400人のR&Dメンバーを集め,深夜当直者には「基本給3割増,ボーナス5割増」の優遇条件を提示し,「24時間3交替体制」でR&Dを推進した。製造部門の24時間体制はよく聞くが,「R&D部門の24時間体制」は滅多に聞いたことがない。その結果,2016年にTSMCはサムスン電子とインテルを凌駕し,世界初の10nmの開発に成功した。プロジェクトの成功で,TSMCはアップルのiPhone6S搭載のA9チップの製造委託を掌中に入れた。既述の通り,チップの過熱トラブルでサムスンは脱落し,2016年のiPhone7のA10チップ(16nm)も全数がTSMCからの供給になり,それ以降のiPhone搭載の線幅10nm,7nm,5nm,3nmの半導体チップは全てTSMC製となっている。「夜鷹プロジェクト」による成果は,明らかにライバルとの間に大きく差を生じさせる結果となった(2023年12月11日付,No.3223)。
また,TSMCのサプライチェーンからの支えも,TSMCの強い競争力を実現する大きな力となったであろう。紙幅の関係で本稿では深く論じないが,フォトマスクの収納容器を製造する家登精密(Gudeng Precision)と傘下の家碩科技(Gudeng Equipment),および先端封止装置製造の弘塑科技(GPTC)の事例を論じた拙稿(8月19日付,No.3522)を参照して欲しい。
[注]
- 朝元照雄『台湾の企業戦略』勁草書房,2014年,第1章「台湾積体電路製造(TSMC)の企業戦略」。
- 朝元照雄「アップルとTSMC,出会いの真相:創業者は自伝で何を語るのか」世界経済評論Impact No.3674,2024年12月30日。
- 朝元照雄「TSMCがライバルに勝った理由:UMC,IBM,インテル,サムスン電子」世界経済評論Impact No.3223,2023年12月11日。
- 朝元照雄「TSMCの強さを支えるサプライヤー:家登精密と弘塑科技の事例」世界経済評論Impact No.3522,2024年8月19日。
- 張忠謀『張忠謀自傳』(上冊)1931~1964』天下遠見出版,1998年。
- 張忠謀『張忠謀自傳』(下冊)1964~2018』天下遠見出版,2024年。
- 林宏文『晶片島上的光芒』早安財經文化,2023年(本書の日本語版は,野嶋剛監修,牧高光里訳『TSMC 世界を動かすヒイツ』CCCメディアハウス,2024年)。
関連記事
朝元照雄
-
[No.3721 2025.02.10 ]
-
[No.3694 2025.01.13 ]
-
[No.3674 2024.12.30 ]
最新のコラム
-
New! [No.3732 2025.02.17 ]
-
New! [No.3731 2025.02.17 ]
-
New! [No.3730 2025.02.17 ]
-
New! [No.3729 2025.02.17 ]
-
New! [No.3728 2025.02.17 ]