世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
4件のトランプ裁判における最高裁判決後の展開:口止め料裁判の量刑言い渡しは選挙後に延期
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2024.09.16
今年7月1日,連邦最高裁は,憲法が明示的に大統領に与えた権限に基づく公的行為については免責とするなど,大統領の刑事免責の基準を初めて示した(注1)。この基準を参照して,連邦および州の裁判所は係争中の事件を審理することになった。最高裁の判決は共和党の大統領が任命した保守派判事6人が賛成し,民主党大統領が任命した判事3人は反対するという,極めて党派性の強いもので,トランプ前大統領(以下,トランプ)は「我々の勝利」と歓迎した半面,バイデン大統領は7月29日,最高裁判事の任期制限など最高裁の改革案を発表した。
この最高裁判決によって,トランプが起訴された4件の刑事裁判,すなわち①口止め料支払い事件,②連邦政府機密文書保持事件,③2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件,および④ジョージア州大統領選挙介入事件も大きな影響を受け,7月以降,審理が止まった。しかし,8月も末になってようやく裁判は再び動き始めている。この状況を,まずニューヨーク州で進められている口止め料裁判からみてみよう。他の3事件については次回の報告としたい。
量刑言い渡しは2回延期され,11月26日の予定
口止め料事件とは,トランプが2016年の大統領選挙への悪影響を恐れて,性的関係を口外しないよう,ポルノ女優に13万ドルの口止め料を払い,その支払い事実を隠蔽するため,帳簿類の記載を書き換えた事件である。
ニューヨーク州マンハッタン地検のアルビン・ブラッグ検事が2023年3月,トランプを起訴し,この第1級業務記録改竄事件は,2024年5月21日,結審した。5月31日には,12人の陪審団が全員一致で34件の罪状すべてについてトランプを有罪と評決し,ニューヨーク州最高裁のフアン・マーチャン主任判事は量刑の言い渡し日を7月11日と決めた(本コラムの拙稿2024年4月8日付No.3371,同6月3日付No.3437参照)。
7月2日付の電子版ニューヨーク・タイムズ(以下,NYT)によると,トランプ側弁護団は最高裁の刑事免責基準が7月1日に出されると,直ちに陪審団の有罪評決の破棄を求めるとともに,事件の審理を州の裁判所から連邦の裁判所に移送し,量刑言い渡しを大統領選挙後とするようマーチャン判事に求めた。この移送要請はトランプ弁護団が要求した2度目のものだが,マーチャン判事は1度目と同様に,口止め料事件は大統領就任以前の事件であり,大統領職とは何ら関係がないと判断して却下した。
しかし,7月11日と決まった量刑の言い渡し日については,マンハッタン地検のブラッグ検事が7月2日,マーチャン判事に送った書簡で,最高裁の判決がニューヨーク州最高裁の裁判にどう影響するか検討するための猶予をトランプ弁護団に与える必要があるとしたため,マーチャン判事は同日,量刑の言い渡しを7月11日から,トランプ弁護団が主張する大統領選挙後ではなく,投票日の7週間前の9月18日に延期した。
しかし,8月19日付および9月6日付のNYTによると,トランプ弁護団は「有罪判決に異議を申し立てる時間を増やすため」に量刑言い渡しを選挙後にするよう執拗に求め続けた。また,マンハッタン地検としては,トランプ側の要求を飲むわけにはいかないが,投票日が迫るなかで判決が下されれば,党派的紛争にも巻き込まれ兼ねないと懸念し,量刑言い渡し日の決定をマーチャン判事に一任してしまった。このため,マーチャン判事は9月6日,4ページの裁定書を公表し,量刑言い渡し日を11月26日と決定した。
11月26日は,11月5日の投票日の3週間後であり,有権者は量刑の内容を知らずに投票することになる。これは,判決は選挙後にと求め続けたトランプ弁護団にとって大きな勝利となった。しかし,7月1日の最高裁判決が出た今,トランプ弁護団の最終目標は大統領の免責権をもとに,「トランプ無罪」を勝ち取ることに重点を移している。しかし,マーチャン判事は,口止め料事件は最高裁判決とは無関係との主張に立ち,大統領選挙の1週間後,11月12日にこの問題に結論を下すと述べている(9月6日付NYT)。果たしてどのような結論が示され,トランプ弁護団の主任弁護士トッド・ブランシュがどうこれに対応するか。場合によって,事態はさらに変転する可能性もある。
トランプが再選され,大統領に就任すれば,現職大統領が告発されたり,量刑に付されたりすることはないという不文律が適用される。しかし,大統領の恩赦権は州の犯罪には及ばないため,口止め料事件でトランプは自らを恩赦することはできない。このため。トランプに量刑を課すとすれば,トランプが大統領に就任する前の時点か,任期を終了する2029年1月以降ということになる。
従って,すべては,11月5日の選挙結果と11月26日のマーチャン判事が言い渡す量刑の内容にかかってくる。第1級業務記録改竄の量刑は最長で懲役4年だが,マーチャン判事はより短い刑期,あるいは執行猶予(probation)の判決を下す可能性もあると報じられている。
口止め料事件は,当初は大した事件ではないと軽視されていたが,極めて党派性の強い7月1日の最高裁判決が出たこともあって,起訴当時とは状況が大きく変わっている。
[注]
- (1)7月1日以前の最高裁の動向については,本コラムの4月29日付拙稿「3番目のトランプ起訴と大統領の免責問題」(No.3398)を参照。
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