世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3398
世界経済評論IMPACT No.3398

3番目のトランプ起訴と大統領の免責問題

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2024.04.29

口止め料事件の公判始まる

 トランプ前大統領(以下,トランプ)は公判開始直前の1週間に3回の公判延期要求を提出したが,すべて却下され,口止め料事件(4月8日付コラムNo.3371)の公判が予定通り4月15日から始まった。大統領を被告とする米国建国以来初の刑事裁判は,4日間かけて12人の陪審員全員と補欠陪審員6人を選出し,22日は,検察側が口止め料と2016年大統領選挙との関連に焦点を当てた冒頭陳述を行った。

 陪審員選出後,裁判は6~8週間かかるといわれるが,この間トランプは法廷に釘付となり,メラニア夫人が選挙運動に出るとも報じられている。トランプは,5月17日は息子バロンの高校の卒業式に出席するため休廷にしてほしいと求めたが,マーチャン裁判長はそうできるか否かは裁判の進行次第と答えている。また検察側は,トランプが公判開始直前に7回も自分のソーシャルメディアTruth Socialを使って裁判長の娘などを非難したため,箝口令違反で罰金賦課も審理される。

3番目のトランプ起訴:議事堂襲撃事件

 口止め料事件および機密文書事件(4月15日付コラムNo.3373)に続いて,トランプが3番目に起訴された事件は,2021年1月6日に勃発した連邦議事堂襲撃事件である。この日は,2020年11月3日に行われた大統領選挙で大統領候補者が獲得した選挙人を上下両院合同委員会(委員長はペンス副大統領)で確定し,次期大統領の当選者を正式に確定する日である。11月3日の一般投票でバイデンに敗北したトランプは敗北を認めず,1月6日の朝から行動を起こし,数千人のトランプ支持者が議事堂に乱入し,選挙人名簿を変更しようとしたが結局失敗した(注)。

 機密文書事件と同じジャック・スミス連邦特別検察官が,議事堂襲撃事件を調査する下院特別委員会の要請と独自の調査に基づき,2023年8月1日,本事件を起訴した。罪状は,大統領選挙人確定という米国の公式手続きを妨害した重罪2件(根拠法:18 U.S.C.§1512),国家に対する詐欺の共謀の重罪1件(18 U.S.C.§371),権利に対する共謀の重罪1件(18 U.S.C.§241)の合計4件。

 起訴と同時に,ターニャ・スー・チュトカン・コロンビア特別区(DC)連邦地方裁判所判事が本事件の裁判長となることが決まった。チュトカン判事はカリブ海にあるジャマイカの首都キングストン生れで61歳。オバマ大統領に指名され,2014年6月判事に就任した。Wikipediaによると,チュトカン判事は2021年11月,議会襲撃記録を上記の下院特別委員会に公開することを阻止しようとしたトランプの要求を拒否したが,DC巡回裁判所もチュトカン判事の決定を支持している。

 公判は,スミス特別検察官ができるだけ早く始めるよう求め,2024年1月2日開始を,トランプ弁護側は大統領選挙中である2024年の公判を非難し,2026年4月開始を,それぞれ主張した。チュトカン裁判長は2023年8月28日,公判開始を3月4日(10余州の共和党予備選挙と党員集会が集中して行わるスーパーチューズデーの前日)と発表した。

トランプの大統領免責権と最高裁の判定時期

 公判前の検討過程で,トランプは,チュトカン裁判長は自分に悪意を持っているとして裁判長忌避を申し立てるとともに,大統領在任中の行為は訴訟から守られているとの前例のない主張を始めた。トランプの主張に対して,連邦控訴裁判所は2024年1月,全会一致で「大統領の免責権」は危険な考えであり,米国憲法も支持していないとして却下した。しかし,2月12日,トランプ弁護団は数ヵ月に亘ってトランプを公判に拘束し,選挙運動から遠ざけることは,トランプ支持者,非支持者を問わず,有権者の米国憲法修正第1条で保障された権利を犯すことになると主張し,連邦最高裁に上告した。

 これを受けて,連邦最高裁は2月28日,連邦控訴裁判所の決定を見直し,「前大統領が大統領の刑事免責権を享受できるか,享受できるとすればどの程度まで享受できるのか」という問題のみを検討すると発表した。チュトカン裁判長はこの最高裁決定を受けて,3月4日公判開始の決定を取り下げた。なお,この最高裁決定が他の3件の刑事公判にも及ぶのかどうかは明確には報じられていない。最高裁決定について,スミス検察官は発言していないが,トランプ裁判の迅速な進行を求める公判推進派は,最高裁によるトランプ公判への介入は,裁判の進行をさらに遅らせるものだと一斉に非難している。

 上述の下院の議事堂襲撃事件調査特別委員会の副議長で,トランプ再選に最も強く反対しているリズ・チェイニーは,4月22日付ニューヨークタイムズ(NYT)に「最高裁が速やかに“免責はトランプには適用しない”と決定しなければ,米国の政治体制に対するトランプの攻撃は永久に闇に葬られることになる」(The Supreme Court Should Rule Swiftly on Trump’s Immunity Claim)と寄稿している。

 最高裁はこの大統領免責権に関する弁論を4月22日の週と設定したが,最高裁は弁論をいつ始め,いつ終わらせ,いつ判定を下すのだろうか。4月24日時点では,最高裁の動きは報道されていない。トランプ裁判をNYT以上に克明に報じているワシントンポスト(WP)は,最高裁の判定は「6月末か7月上旬までには行われるものと期待する」(テキサス大学ロースクール教授)との見解を伝えている。最高裁の1会期は,10月の第1月曜日に始まり,翌年の夏季休会に入る前の6月末ないし7月上旬までの期間である。最高裁が夏季休会前に判定しなければ,判定は10月以降となり,議会襲撃事件の公判は大統領選挙前に始まらないことになろう。

[注]
  •   議事堂襲撃事件に関する詳細は,下院調査特別委員会(委員長ベニー・トンプソン,副委員長リズ・チェイニー)が2022年12月22日発表した全845ページの最終報告書(Select Committee to investigate the January 6th Attack on the United State Capitol),およびNYTが半年かけて作成し,2021年6月30日発表した40分間のドキュメンタリー・フィルム(Day of Rage: How Trump Supporters Took the U.S. Capital)参照。Googleから両タイトル名で検索可能(後者はNYT有料購読者限定か)。
  •   なお,筆者は下院特別委員会が2021年6月9日から7月21日までに行われた全8回の公開公聴会の模様を本誌で2回に分けて報告した(2022年8月29日付コラムNo.2659,同9月5日付コラムNo.2660)。特別委員会の発足等については2022年6月13日付コラムNo.2566等を参照。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3398.html)

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