世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
失敗したトランプのクーデター
(桜美林大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)
2022.06.13
1.6委員会が掘り起こした多くの新事実
下院の「2021年1月6日議事堂襲撃事件特別調査委員会」(以下,1.6委員会)(注1)は,トランプ前大統領に対する2回目の弾劾裁判が2021年2月13日,無罪評決に終わった後,同年6月30日,ペロシ下院議長が提案した下院決議第503号が可決されて(賛成222,反対190),発足した(注2)。
1.6委員会の委員長はミシシッピー州選出の民主党ベニー・トンプソン,副委員長はワイオミング州選出の共和党リズ・チェイニー。党派別構成は民主党7人,共和党2人だが,ブッシュ(子)政権のディック・チェイニー副大統領の長女であるリズ・チェイニー副委員長が1.6委員会の中では最も精力的に活動していると,6月4日付のワシントン・ポストは書いている(注3)。リズは父親の助言と激励を受けながら,トランプ前大統領の不正を正し,トランプ党と化した共和党を本来の姿に取り戻そうとしているようにみえる。
1.6委員会は,すでに1,000人以上の関係者を召喚し,12万5,000点の記録を収集する(注4)など,プラウドボーイズやオースキーパーズなどの暴徒による2021年1月6日の議事堂襲撃事件の詳細な調査を進めている。1.6委員会の活動や事件の背景,当事者の動き,発言,それらの相互関係等々を独自の取材で報じる各種メディアの大量の報道を読むと,改めて事件の重大性を再認識する。その報道活動によって,5月中旬,ワシントン・ポストはジャーナリズムの公共サービス部門で2022年ピューリッツアー賞を受賞し,最終選考にミルウォーキー・ジャーナル・センティネルとニューヨーク・タイムズが入った。ワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズの両紙(電子版)を読んでいると,両紙の報道競争がニュースの質を一層高めているように感じられる。
もし共和党の反対で1.6委員会が発足していなかったとしたら,あるいはトランプ派の厳しい妨害でリズ・チェイニー議員のような奮闘が潰されていたとしたら,今では周知となったことも闇に葬られていたかもしれない。その結果,やや大袈裟に言えば,米国の民主主義は崩壊の度を強めることになったと言っても過言ではないだろう。
トランプは合法的なクーデターを目指し,失敗した
トランプ大統領(当時)は,2021年1月6日の両院合同会議の議長を務めるぺンス副大統領(同)を執拗に説得し,大統領選挙人の確定作業を遅らせ,改編するように迫った。しかし,ペンスはそうした権限は合同会議の議長にはないと主張してトランプの要求を拒否し,最終的にペンス議長は獲得選挙人数をバイデン候補306人,トランプ候補232人と決定し,バイデン候補の当選を確定した(注5)。
非合法的手段に訴えて政権を奪うことがクーデターだが,トランプは武力ではなく,両院合同会議の議長を使って選挙人数を改編し,自らの再選を実現しようとした。これは,手段は異なるが,正にクーデターと同じである。ペンスがトランプの要求を拒否したため,トランプのクーデターは失敗した。法の抜け道を使って目的を達成しようというシナリオは,もちろんトランプの発案ではない。トランプの顧問弁護士的なJohn Eastmanが考え出したもので,その経緯はボブ・ウッドワードとロバート・コスタが書いた『PERIL(ペリル)危機』(注6)に詳しい(注7)。
しかし,この本には大統領選挙人を確定するプロセスを規定した二つの法律,ひとつはthe Electoral Count Act of 1887 (ECA) ,もう一つは the Presidential Election Day Act of 1845 (1845 Act) の抜け道をどう使おうとしたのか説明していない。この問題は,本コラムの次回で検討したい。
なお,本コラム(2022年5月23日付No.2547)で,1.6委員会は6月9日から8回の公開の公聴会を開催すると書いたが,最近の委員会発表によると,米国東部時間で第1回は6月9日(木)の午後8時,第2回は同13日(月)午前10時,第3回は同15日(水)午前10時にそれぞれ始まる。米国民の反応が注目される。
[注]
- (1)本コラムではこれまで「特別調査委員会」と略記してきたが,委員会の性格を明確にするため本号から「1.6委員会」と改める。1.6委員会の公式HPには,同委員会の発表,今後の予定など豊富な情報が提供されている。
- (2)賛成222の内訳は民主党220,共和党2。反対190はすべて共和党。ほかに共和党19人が棄権した。賛成票を投じた共和党の2人はリズ・チェイニー(ワイオミング州選出)とアダム・キンジンガー(イリノイ州選出)。この2人の共和党議員はトランプ大統領(当時)に対する2回目の弾劾訴追を支持した下院共和党議員10人の中の2人でもある。2人の投票行動に激怒した共和党全国委員会は2人を譴責し,下院共和党の超右派フリーダム・コーカスはケビン・マッカーシー下院共和党院内総務の支持を得て,下院共和党で序列第3位の共和党会議議長チェイニーを議長の座から降ろし,エリーズ・ステファニック議員に交替させた。しかし,チェイニーを共和党から追放することは,マコネル上院院内総務の反対で実現しなかった。
- (3)The Washington Post, June 4, 2022. 記事の表題はJan. 6 committee set to make its case public with prime-time hearings.
- (4)注3と同じ。
- (5)トランプ大統領が合同会議の直前までペンスを説得し続けたこと,暴徒が議事堂に乱入する時に叫んだ「ペンスを吊るせ」のシュプレヒコールはトランプの指示を反映したものであったことなどは次の記事に詳しい。NY Times, May 25, 2022 (Trump said to have reacted approvingly to Jan. 6 chants about hanging Pence), June 3, 2022 (Before Jan. 6, aides warned secret service of security risk to Pence), Jan. 5, 2021, updated Sept. 14, 2021(Pence said to have told Trump he lacks power to change election result).
- (6)邦訳本は日本経済新聞出版が2021年12月発売,原著の発売は同年9月。
- (7)NY Times, May 25, 2022 (Intensifying inquiry into alternate electors focuses on Trump lawyers), CNN, updated September 21, 2021(Memo shows Trump lawyer’s six-step plan for Pence to overturn the election) などにも詳述されている。
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