世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3367
世界経済評論IMPACT No.3367

EUが紡ぐグリーンの物語と現実:持続可能性を埋め込んだ資本主義は成立するか?

蓮見 雄

(立教大学経済学部 教授 )

2024.04.08

1.欧州グリーンディールの普遍性と地域利害の両義性

 2050年カーボンニュートラル実現を目指すことは世界の既定路線となった感がある。国際エネルギー機関(IEA)も再生可能エネルギーの急速な拡大を予想し,米国IRA(インフラ削減法)やEUのグリーンディール産業計画などグリーン産業の誘致を巡る競争が顕在化している。他方において,経済安全保障をめぐる対立も激化している。こうした中で,デリスキング(de-risking)やデカップリング(de-coupling)が盛んに論じられるようになり,企業も,off-shoringに代わって,near-shoringやfriend-shoringについて考えざるを得なくなり始めている。

 2024年1月,EUは経済安全保障政策に関する政策パッケージを公表した。その目的は,端的に言えばEU産業の戦略的自律性である。これは,既にウクライナ戦争以前の2020年3月の欧州新産業戦略において示されていた「地政学的プレートが動く中で」「欧州の産業競争力と戦略的自律性を強化する」という方針と基本的には変わらない。

 要するに,リスボン戦略,欧州2020戦略によっても,世界経済における欧州経済の相対的地位が長期に低下し続けている状況を変えられず,中国を始めとする新興諸国の台頭を目の当たりにして,「欧州の主権(sovereignty)に関わる」という危機感から新たに打ち出されたのが,欧州グリーンディールの具体策たる欧州新産業戦略なのである。欧州グリーンディールがカーボンニュートラルの実現を目指すという「普遍」的な言説で語られているとしても,当然のことではあるが,そこには欧州経済の復興という地域利害が色濃く反映している。

2.REPowerEU計画に内在する矛盾

 2023年に,この新しい成長戦略に関する法令はほぼ発効あるいは政治合意がなされたが,EUがそれを実現しうるかどうかは定かではない。そもそも,資源大国である米国と資源の大半を輸入に依存している欧州では,条件が大きく異なる。なによりも,環境負荷の高いレアアースなど金属鉱物資源の賦存・精錬の一大拠点である中国を抜きにネットゼロを実現しうる国は,米国を除けば他にないのではないだろうか。EUは,例えば,太陽光関連部品・設備の90%以上を中国に依存している。EUは,これを解消すべく太陽光戦略を打ち出してはいるが,その目標値はあまりにも現実離れしているように思われる。

 欧州は,対ロシア経済制裁を強化し脱ロシア依存を進めたものの,結果的に米国のLNG(液化天然ガス)に依存せざるを得なくなっている。かといって,太陽光パネルや風力タービンなどを利用した再エネの設備容量を急速に拡大しようとすれば,ますます中国依存を深める可能性が高いのが実情である(蓮見, 2022)。脱ロシア依存を目指す「REPowerEUとEUのエネルギー政策は矛盾している」との厳しい批判もある(Vezzoni, 2023)。

 だからこそ,欧州委員会は,グリーンディール産業計画を打ち出し,ネットゼロ産業法や重要原材料法を提案したのであるが,それらは域内生産や調達の多角化の目標値を示したにすぎず,官民協力が強調されているものの,その具体策はこれからである。

 ロシアのパイプラインガスと米国LNGを比較すれば,液化,タンカー輸送,再ガス化を要する米国LNGの方が,環境コストも,価格も高い。また,EUの環境負荷の低いはずの再エネの発展は,環境負荷を価格に十分に反映させていない(つまり環境コストを中国の人々が背負っている)が故に安価な中国で生産・精錬されるレアアースなど稀少金属に依存している。

 EUが,中国に環境や人権のデューデリジェンスを求める,あるいは域内調達などに切り替えることは,こうした安価な稀少金属を断念し,環境コストを組み込んだ「適正(つまり世界中の人々が等しく環境コストを分かち合う)」価格を受け入れることであり,すなわち安価な再エネを断念することになるかもしれない。それは,これまでのEUの再エネ発展モデルを根底から掘り崩すことになりかねないリスクをはらんでいる。

 そうならないためにと,欧州委員会はサーキュラー・エコノミーに力を入れようとしているのだが,現実には,バッテリーや太陽光パネルの大量廃棄が目前に迫っている状況下で,循環率(原材料に占める二次原材料の割合)は11%前後と改善しておらず,ELV規則案による改善が提案されているものの製造企業とリサイクル企業の情報共有は進まず,それゆえにリサイクルコストも下がっていない(蓮見,2023)。

 EUの紡ぐグリーンの物語は,一面において「普遍」性を有し魅力的に見えるし,個人的には,その波及効果に期待もしている。だが,格差や差異を前提として成立している資本主義的な経済システムという現実を考えた場合,それは,そもそも実現しえない「夢想」の類い,あるいは「偽装された保護主義」なのかもしれない,とつい考え込んでしまう。これを「夢想」に終わらせず,経済安全保障を確保しながら「偽装された保護主義」に堕することなく,利潤を生み出す経済活動としてグリーンビジネスを社会実装していけるのだろうか。

3.新エネルギー市場の創出と財政・金融の役割

 例えば,再エネと産業を結ぶセクターカップリングに必要とされるグリーン水素について,EUが一日の長があることは事実だが,それは構想段階にすぎない。水素は,自動車・航空・船舶の燃料,熱源,化学原料など幅広い用途が期待できるエネルギーキャリアであり,気体・液体の状態で輸送,貯蔵ができる。アンモニアやメタノールへの変換による輸送,長期保存,産業利用ができる柔軟性もある。したがって,グリーン水素の社会実装は新たなビジネス機会を生み出す高いポテンシャルがあるとみられ,「水素の未来をリードする欧州を自社技術の実装フィールドに」との指摘もある(加藤, 2023)。

 だが現状では,その市場規模も限定的で用途も限られている。グリーン水素の社会実装には,R&D&D,つまり研究(Research),開発(Development)だけでなく,社会実装(Deployment)が必要であり,市場の創出がカギを握る。市場が創出され一定の規模に達すれば,再エネ市場と同様に,競争による技術革新や規模の経済性が期待できるからだ。

 EUの水素戦略とは,①水素市場とセクターカップリングの制度基盤の構築,およびグリーン水素市場が自立的に動き出すまでの産業支援であり,②市場が成立・発展するにしたがって財政の役割は後退し,市場に委ねることが想定されている。①については,水素プロジェクトに「欧州の共通利益に適合する重要プロジェクト(IPCEI)」という補助金の適用が始まり,また2023年3月には国家補助規制を大幅に緩和する危機・移行暫定枠組(TCTF:Temporary Crisis and Transition Framework)が採択され,太陽光・熱関連技術,バッテリー,グリーン水素製造のための電解装置や燃料電池などを含む「戦略的ネットゼロ技術」に対する国家補助も認められるようになった。とはいえ,財源は限られており,新たな財源として提案されたユーロ共同債を原資とする「欧州主権基金」は頓挫している。

 ②が実現するかどうかは,結局,民間投資次第である。だからこそ,グリーンディール産業計画は,許認可窓口の一本化など「予測可能でシンプルな規制環境」の構築,端的に言えば規制緩和を目標として掲げたのである。また,グリーン水素の供給とオフテイカーによる新たな需要を結びつけることによって水素プロジェクトへの民間投資を促す施策として水素銀行構想が打ち出されている。

4.企業の社会的責任とは何か?

 EUが「シンプルな規制環境」を提供しうるかどうかについては疑問があるが,ここではそれは問わないことにしよう。仮にEUにおいて「戦略的ネットゼロ技術」への投資の規制撤廃が実現したとしても,「持続可能性(sustainability)の要件を埋め込んだ(embedding)資本主義システム」に転換することは果たして可能なのだろうか? 何が持続可能なビジネスなのかの基準を定めるタクソノミー規則,分解・再利用を想定した製品設計を求めるエコデザイン規則とその情報を製品にタグ付けする製品デジタルパスポート(DPP:Digital Product Passport)などの制度が整備されていくにしたがって,企業が環境・社会に与える影響に対する社会的責任(ダブルマテリアリティ)が徐々に高まっていくことは確かであろう。

 しかし,ここで改めて思い出されるのは,「企業の社会的責任は利潤を増やすことである」というミルトン・フリードマンの主張である(Friedoman, 1970)。

 EUが再生可能エネルギー市場創出の制度的基盤を形成し,初期段階では固定価格買取制度(FIT)による財政支援が必要であったものの,市場が拡大するにつれて,FITが不要となり競争的な再エネ市場が成立したことはよく知られている。もちろん,①EU全体として送電網の整備と第三者アクセスの義務化など市場を支えるインフラと法の整備が行われてきたことが,再エネ市場の創出に寄与したことは確かである。だがそれだけではない。②同時に10年あまりのあいだに太陽光発電等のコストが約10分の1に急速に低下し,再エネビジネスが利潤を生み出すようになったからこそである。既に指摘したように,そこでは中国の役割が大きい。

 水素を始めとする新エネルギー市場についても,同様の展開が期待されるが,そのためには,市場を支えるインフラ(ハード,ソフト)を整備しつつ,国家補助を呼び水に民間投資を促し,新エネルギー市場を創出しなければならない。

 つまり,カーボンニュートラル実現には,グリーン水素を含む戦略的ネット技術が利潤を生むビジネスとして成立しうるかどうかが,やはり決定的に重要だということになる。そこで,改めて「持続可能性の要件を埋め込んだ資本主義システム」の成立可能性が問題となる。それは,言い換えれば,環境・社会に対する企業責任を経営に組み込もうとする企業に対して投資が行われるかどうか,すなわちサステナブル・ファイナンスが成立するかどうかにかかっている。そのためには,少なくともフリードマンのテーゼを相対化し,利潤追求活動の大前提として持続可能性を埋め込んだ新たな経済システムを考えなければならない。それは,資本主義システムのレジリエンスを問うことに他ならない。

[付記]本稿は,市村清新技術財団地球環境研究助成に基づく研究成果の一部である。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3367.html)

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