世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2765
世界経済評論IMPACT No.2765

タクソノミーは,持続可能な資本主義への転換の契機となるか?

蓮見 雄

(立教大学経済学部 教授 )

2022.11.28

1.成長戦略におけるタクソノミーとエコデザインの位置づけ

 近年,EUタクソノミーという言葉を耳にすることが多くなり,その技術的なスクリーニング基準に関する紹介記事も増えている。だが,大方の関心は,自分のビジネスにどのような影響があるのか,どのぐらい適応すればよいかといった比較的短期的な対策の問題に留まっている。

 忘れてならないことは,タクソノミーを含む欧州グリーンディールが,EUの成長戦略として打ち出されている点である。企業の視点からみて,EUタクソノミーという新たなルールの導入が生み出すビジネス機会をつかむための中長期的な戦略を考えるには,欧州グリーンディールにおいて,タクソノミーがどのような役割を担っているかを理解しておく必要がある。

 EUタクソノミーの狙いを一言で述べるとすれば,経済活動のバリューチェーン全体を包括する経済活動のルールにおいて「持続可能性(sustainability)の主流化」を進め,それによって経済成長と資源利用を切り離した循環型経済(サーキュラー・エコノミー)実現の前提条件を作り出すことである。すなわち,これまでの[資源採取→生産→消費→廃棄]という線形型の経済システムから,[資源採取→生産→消費→再資源化→生産・・・]という循環型の経済システムへと転換することである。これによって,いわば「動脈」の経済活動から生み出される廃棄物を再利用する「静脈」経済を新たなフロンティアとして開拓する可能性が生まれる。この移行を経済成長の機会としてつかもうとするのがEUのサーキュラー・エコノミー戦略である。欧州委員会は,サーキュラー・エコノミーへの転換を,成長戦略としての欧州グリーンディールの中核と位置づけている。2020年に公表された新サーキュラー・エコノミー行動計画が価値創造を重視しているのは,それ故である。

 タクソノミーを基礎に「持続可能性の主流化」を実現すべく,2022年3月30日に公表されたのがエコデザイン法令案バッケージである。製品の環境負荷の80%は設計段階で決まる。製品設計の段階から使用後に再利用することを前提としたものづくりを進めることは,廃棄物を極小化するだけにとどまらず,これまで廃棄物とされていたものを良質の二次原材料の安定的な供給源,つまり「都市鉱山」に変えていくことなのである。

2.脱ロシア依存「リパワーEU」計画とサーキュラー・エコノミー

 ウクライナ戦争を契機として,EUは,脱ロシア依存を目指し,リパワーEU計画を進めている。EUは,ロシア以外の供給源から化石燃料を確保しつつ、脱化石燃料を進めるという相反する課題を同時に達成しなければならないというジレンマに直面している。そこで,リパワーEU計画は,(1)短期的施策として供給源の多角化,省エネ,一定の条件下での石炭・原子力発電の稼働延長を,(2)中期的施策として太陽光・風力発電・バイオメタンなど再生可能エネルギーとそのインフラの強化を,(3)長期的には水素戦略を強化することを目標としている。

 ところが,EUは,既に米国産LNGへの依存に陥っており,また再生可能エネルギーを強化しうるとしても,その機械・設備の生産に必要となる稀少な金属鉱物資源を中国に依存するリスクをかかえている。この新たな2つの依存を回避するには,サーキュラー・エコノミーへの転換によって,一次資源そのものへの依存を低減することが必要であり,再生可能エネルギー由来のグリーン水素の強化を目指す水素アクセラレーター・イニシアチブもその一環である。つまり,サーキュラー・エコノミーへの転換は,資源の輸入依存を回避し,産業の戦略的自律性を実現する究極の経済安全保障ともなる。

3.タクソノミーの3要件

 タクソノミーは,経済活動を持続可能性という判断基準で分類する基本的な枠組みと,それを基礎としたより具体的な技術的スクリーニング基準からなる。重要なことは,サステナブル・ファイナンスが,(1)タクソノミーというルール設定だけでなく,(2)持続可能性に関する非財務情報の開示義務,(3)ESG投資を促すツールとなるベンチマークの3つの要件が連動して初めて実現するものだという点である。EUは,2015年のパリ協定後にタクソノミー導入の準備を進め,2019年にサステナブル・ファイナンス開示規則(SFDR)と気候変動ベンチマークが,2020年にタクソノミー規則が発効した。これによって,サステナブル・ファイナンスの3要件が整った。

 さらに,非財務情報情報開示については,金融機関に対するSFDRに加え,企業に対する企業サステナビリティ報告指令案(CSRD)が,コンサルティング業務に対しても持続可能性要件を義務化するために金融商品市場指令(MiFID2)に「サステナビリティ選好」を加える改正が提案されている。これにより,企業,金融,コンサルティングのいずれの分野においても持続可能性に関する非財務情報開示義務が強化されることになる。

4.持続可能性をバリューチェーン全体に「埋め込む」

 留意すべきは,従来の非財務情報報告指令(NFRD)とCSRD案の根本的な違いである。対象企業が約1.1万社から約4.9万社(企業数の75%)に拡大されただけでなく,開示項目が質的に変化した。NFRDでは,企業の発展,業績,財務等にもたらす持続可能性関連事項を公開することに限定されていた(シングル・マテリアリティ)。これに対して,CSRD案では,企業の活動が外部に与える影響を,市民や消費者などステイクホルダーが評価するために必要な情報を開示することが求められ(ダブル・マテリアリティ),長期のESG目標とその具体策,事業とサプライチェーンの持続可能性に関する適性評価手続き(デューデリジェンス),無形資産(インタンジブル)などについて情報開示が義務化され,かつ法定監査手続きによる保証が必要となる。つまり,企業は,自らの事業の持続可能性について社会に対する責任を厳しく問われることになり,タクソノミーによって定義される持続可能性要件の充足が将来的に企業価値評価にも大きな影響をもたらす可能性が生じている。このように,EUはタクソノミーを基礎として,持続可能性要件を経済活動全体に「埋め込む」条件整備を進めている。タクソノミーの拡張の議論が始まっていることも見落としてはならない。

5.エコデザイン・パッケージとデジタル・プロダクト・パスポート

 欧州委員会は,持続可能性要件を可能な限り幅広い製品に適用することを目指し,2022年3月30日にエコデザイン・パッケージを公表した。これに含まれるデジタル・プロダクト・パスポート案は,製品のバリューチェーン全体の循環性と持続可能性に関する情報をQRコードなどによって製品にタグ付けし,持続可能性要件のトレーサビリティを可能にしようとするものである。これは,製品の環境性能を改善し,原材料の再利用を容易にする。これによって,化石燃料や稀少な金属鉱物資源への輸入依存を引き下げ,産業の戦略的自律性が強化されると想定されている。

6.気候中立への準備と日EUグリーンアライアンス

 タクソノミーを基礎として,持続可能性のルールを経済活動のバリューチェーン全体に「埋め込む」EUの試みが,欧州委員会の想定通り実現するかどうかはわからない。だが,それが直ちに実現しえないとしても,気候変動に対する企業の社会的責任を問う声はやむことはないだろう。また,日本とEUが,グリーンアライアンスを推進することで合意していることも忘れてはならない。同文書によれば,日本とEUは,技術協力に留まらず,規制とビジネス,サステナブル・ファイナンス,グローバル・スタンダードの構築などにおいて協力を進めていくことを約束している。

 だとすれば,日本企業にとっても,持続可能なビジネスルールの構築を目指すEUの試みを理解し,それに適応する策を考えることが必要となる。しかも,EUが目指すサーキュラー・エコノミーは,「動脈」経済から排出される廃棄物を資源に変える「静脈」経済の市場を整備しようとするものであることを考えれば,欧州企業と協力し,EUの新たなルールに適応していくことは,新たなビジネス機会ともなりうるはずである。

 EUのグリーンディール構想が,利潤を追求する資本主義的成長を前提としたものであるとしても,タクソノミーを基礎とし,ダブル・マテリアリティにより企業価値そのものの評価基準に,収益性の基準と並んで持続可能性の基準を組み込もうとする試みは,少なくとも資本主義システムの持続可能性を高めることに貢献するのかもしれない。

[付記]本稿は,市村清新技術財団地球環境研究助成に基づく研究成果の一部である。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2765.html)

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