世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ドイツのハイパー・インフレはこうして発生した:帝政ドイツの財務大臣ヘルフェリッヒ氏の蛮行
(高知大学 名誉教授)
2024.02.05
第1次大戦後の1923年12月に,1914年と比較して1.261兆倍をこえるハイパー・インフレーションに達したドイツだが,その原因を準備したのは戦時中の財政政策であった。
帝政ドイツの財政責任者であったヘルフェリッヒ氏は,「戦争に勝ちさえすれば,賠償金によって借金は返済できる」とのギャンブル方針で,短期公債を発行してそれを中央銀行のライヒスバンクに引き受けさせて,借金政策を推し進めた。この危うさを批判する声に対しては,彼は尊大な態度で,この主観的な願望信念をくり返すだけであった。
1923年にドイツ中央銀行のライヒスバンク総裁に就任し,インフレーション終息に貢献したヒアマール・シャハト氏は,このヘルフェリッヒ氏の行為を,次のように厳しく批判した。「デモクラティックな諸国のそれと異なり,国家の支配者がその公衆の統制から独立する非デモクラティック制の基礎的な誤謬はこの点に現れていた。国務大臣ヘルフェリッヒはドイツが速やかに勝利を得るという個人的な信念の砂上楼閣の上に戦時財政の全体系を建設したのであった。彼の失敗は倫理的要素への認識力なき事に基因する。民主主義の国では財政専門家が一般に,こうした失策をしないで済む理由は彼が継えず自己の行為の,民心への影響を研究すべく強いられているからである」。
もっとも民主主義国の日本においても,そのうち経済成長できれば借金はなくなるとして,将来の不確定なことを指針に,確定的借金を積み重ねてきたので他人事ではないが。
このような戦時中のドイツの財政政策について,財政学の権威であられる大内兵衛氏は,調査報告書『資本主義国家の一帰着点(独逸戦後の経済状態)』1922年で,次のように批判した。その当時,彼は学問弾圧に連座して東大教官を解任されドイツに留学しており,嘱託となった大原社会問題研究所からドイツ経済の調査を依頼されていたのであった。
「ドイツの財政は,相場師財政であった。第1期において必勝を期して大賭博をやったとき,『勝』と出れば,よかったかも知れぬ。第2期において大部分の財産をなげ出して,駄目であったときに,もう『賭』はやめるべきであった。しかしそれはドイツにとっては,やめられない『勝負』であったがためになお最後に『借金を質に置いて』無茶をやったものであった」。
こうして敗戦後に,帝政崩壊と民主主義革命を経て発足したワイマール共和国は,戦時中に積み上がった巨額の公債残高をかかえた状況から出発しなければならなくなった。当時の財務大臣エルツベルガーは,税制度の改革などに奮闘したが,焼け石に水だった。
ところがヘルフェリッヒ氏は,戦後には,帝政復活をもくろむ極右政党の国家国民党の指導者となり,自分のまいた責任にはいっさい頬かむりし,もっぱらワイマール共和国の指導者の財政責任だけを追及して,演説で激しい個人攻撃をしたのである。
大内兵衛氏は,ヘルフェリッヒ氏のこの行動を厳しく批判し,次のように述べている。
「1921年8月末,この難局の財政の局に当たったエルツベルガーは,刺客の手に倒れた。世人はこれをもって保守党の英雄ヘルフェリッヒの使嗾(しそう,扇動すること:紀国)によって出来たことであるとした。かく推定することの原因は無論,別に存するのであるが,この戦後予算が戦時中の予算すなわち1918年の予算よりも,不足額が大きかったことは,エルツベルガーが特にヘルフェリッヒの攻撃を受けた所であった。しかしてヘルフェリッヒは,エルツベルガーを呼んで〈どの大蔵大臣よりも重みのない大臣だ〉と言った。けれども私からみれば,それはあまりにドイツの財政の禍根を知らぬ言葉であって,この栄誉の尊称は,正にカイゼルの最も信任した戦争の責任者ヘルフェリッヒ閣下の担うべきものである」。
エルツベルガーの暗殺後,マルク売り(ドル買い)が一気にすすみ,インフレーションはひどくなった。わたしには,ヘルフェリッヒ氏の,尊大に振るまい無責任でありながら,自分のまいた責任の回避に卑劣に立ち回る姿に,安倍晋三氏の姿が重なってみえてしまう。
(詳しくは,紀国正典「第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーション(1)―大規模な貨幣破産・財政破産の発生要因についての解明―」(プレ・プリント論文),金融の公共性研究所サイト,紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページからダウンロードできる)。
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