世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3286
世界経済評論IMPACT No.3286

米国経済はソフトランディングしたのか

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2024.02.05

拡がる財とサービスのインフレ格差

 1月25日に発表された米国の2023年10-12月期分実質GDPは,前期比年率換算+3.3%と,7-9月期の+4.9%を下回ったものの,1%台後半とされる潜在成長率を上回る堅調な伸びを記録しました。一方,Fedがインフレ指標として重視するエネルギー,食品を除く個人消費支出価格指数は,7-9月期に続いて+2.0%に留まりました。さらに,経済全体の物価動向を示すGDP価格指数は+1.5%と落ち着いた動きとなりました。GDP価格指数の過去30年の平均上昇率は+2.1%であり,10-12月期はそれを下回りました。景気後退にならずにFedが目標とする2%にまでインフレ率が低下した点では,米国経済はソフトランディングしたと言えそうです。ただ,本当のソフトランディングとは,経済成長率やインフレ率が一時的に目標水準に達するだけでなく,経済に大きな歪みがなくなり,安定を持続できる状態になることと考えるべきでしょう。

 GDP価格指数を生産品目別に財,構築物,サービスに分けると,財価格は,10-12月期に前期比年率換算−2.1%と下落に転じた一方,構築物は+3.7%,サービス価格は+3.1%となりました。サービス価格の上昇率は過去30年の平均上昇率+2.8%を上回っています。サービスと財の価格上昇率には生産性上昇率の差などから過去30年平均で2.4%の差がありますが,10-12月期の差は5.2%と,それを大きく上回っており,それだけ価格体系に歪みが生じていることがうかがわれます。

コロナ禍でシェアが上振れした財生産部門

 財の生産の名目GDPに占めるシェアは,1990年には35%台であったものが,コロナ禍前の2019年には30%程度にまで下がるなど,長期的に低下傾向にあり,経済のサービス化がうかがわれます。ただ,コロナ禍を機に財生産シェアは一時32%近くまで上振れしました。巣ごもりで旅行,外食などを避ける人が増えて家計のサービス支出が減少した一方,公共交通を避けるために自動車を購入したり,在宅勤務のためにパソコンを購入したりする人が増えたことなどによるものと考えられます。コロナ禍が収束したことで,現在はこうした財への需要が減少し,それに伴って財生産部門のGDPシェアも長期トレンドに向けて下落する調整過程にあると見られます。そうすると,先に述べたように財価格が下落し,サービス価格とのインフレ格差が拡大していることも納得できます。

Fedは金融緩和には動きにくい

 実質GDPも財,構築物,サービスに分けると,コロナ禍による急減の反動増の後,実質財生産は2022年10-12月期には前年同期比+1.5%まで一旦減速しましたが,2023年10-12月期には同+2.9%と持ち直しています。しかし,価格が下落する中で生産を増やすと採算は悪化しますし,財生産部門は先に述べたようにコロナ禍後の経済正常化に伴うシェア下落過程にあることから見ても,実質財生産は早晩減少することが予想されます。一方,実質サービス生産はコロナ禍の期間を除けば長期的に財生産に比べて安定しており,2023年を通じて前年同期比2%台半ばの伸びを維持しています。財生産部門のシェアが長期トレンドに戻るまで米国経済は本当の意味で「着地」したとは言えず,財の価格と生産の下落が続いても,GDPの60%を占めるサービス生産部門の価格や生産の鈍化が明らかにならない限り,Fedは金融緩和には動きにくいでしょう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3286.html)

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