世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3228
世界経済評論IMPACT No.3228

日本人にとって原発とは?:いつまで続くか「喉元派」と「羹(あつもの)派」の対立

市川 周

(白馬会議運営委員会事務局 代表)

2023.12.18

どうする原発

 何故,今年の白馬会議で原発問題を取りあげたのか。今までの会議テーマは「リーマンショック」「失われた20年」「3・11」「戦後70年」「人口減少」「コロナ」「ウクライナ」等々,どちらかと言えば時事評論型の討議が中心だった。今年は単に時事評論に留まらず,会議参加者一人一人のテーマに対する見識,判断を問いかけた。ここには初回より白馬会議のプロデュースを担って来た私の危機意識がある。私は戦後間もない1951年の生まれだが,今,この国にある底深い停滞感は一体何であろうか? 要は私たちが民族として国家として発展前進していくのを邪魔している阻害問題や未解決問題が横たわっているからではないか。だったらそれらの問題群を棚上げしたままにせず,1つ1つ棚から下して国民的議論をやって行こう。そのための舞台こそが白馬会議の目指すべき役割だとの思いに至った。そしてその一つ目の棚下し案件が原発問題であった。

原発問題―4つの視点

 白馬会議では原発問題を4つの視点から議論した。

 第1の視点は「大地震と原発事故―過去の教訓にどう立ち向かうか?」の切り口から立石雅昭氏(新潟大学理学部名誉教授)が大地震に見舞われた時の原発の災害リスクにつき福島の教訓を踏まえながら,地震列島に原発を立地する意味を問いかけた。立石氏は地元で2007年,中越沖地震を,そして4年後には東日本大震災を隣県で体験した地質学者として,原発を脅かす最大のリスクが地震であるならば,「日本列島は地震と火山は避けられないが,原発は避けられる」と主張した。

 第2の視点は「原発の正義とは? 原発訴訟をめぐる司法の役割と可能性」について,樋口英明氏(福井地裁元裁判長)が専門技術主義と先例主義に傾斜してしまった原発差止め裁判の現場から守るべき司法の正義を問い正した。2014年に関西電力大飯原発3・4号機の運転差止め判決を下し,翌年には高浜原発3・4号機の再稼働差止めの仮処分決定を下した樋口氏は,①原発事故の被害は甚大。②それ故に原発には高度の安全性が求められる。③地震大国日本における原発の高度の安全性とは高度の耐震性のこと。④しかし,日本の原発の耐震性は極めて低い。⑤よって原発の運転は許されない。という5段論法の「樋口理論」で真っ向から原発運転「禁止」に迫った。

 第3の視点は「やってはいけない原発ゼロ―人類文明と原子力技術」といういささか挑発的な切り口から澤田哲生氏(エネルギーサイエンティスト・元東京工業大学ゼロカーボンエネルギー研究所助教)が,人類文明の未来を考えるとき,本当に原子力技術を諦めてしまっていいのか? と問題提起。ゲスト講師4名中,3名が脱原発派という「アウエー状況下」の講演の出だしは強気で日本がGX(グリーントランスフォーメーション)をほんとに実現しようとするなら大型原子力発電所を200基新設しなければならないと言い放った。但し,本音は驚くほど慎重かつ現実的で,既存の大手電気事業者は規制リスク,司法リスクに加えて電力完全自由化による事業リスク拡大で原発新設の意欲も体力も低下したままだという。かつて「原子力立国計画」を高らかに謳った当時の日本政府はどこに行ってしまったのか。3・11を言い訳にしてはならない。政治が腰の据わった原子力政策の舵取りを続けて行かない限り日本のGXはすぐさま暗礁にのりあげると警告を発した。

 第4の視点は「原発はほんとにグリーンか?―目指すべき脱炭素化戦略」の切り口から松久保肇氏(原子力資料情報室事務局長・経産省原子力小委員会委員)が,原発は果たして脱炭素化を推進する有力な政策選択の1つとなり得るのかを問いかけたが原発への不信感は終始拭い得ない感じであった。その理由として,将来ウランの枯渇が進み精練行程でのCO2排出量増加が見込まれること。他の再生エネルギーと比較して計画から建設まで20年はかかりその間のCO2排出量も膨大なこと。さらに建設期間の長期化がコスト増大にもつながること等を挙げ,目指すべき未来は100%再エネと徹底した省エネにかかっているとした。

日本人にとって原発とは? ―喉元派と羹派の存在

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」。今回の原発白馬討議ではこのふたつの諺が浮かんで来た。福島原発事故における「熱さ」体験とは圧力破壊された2号機格納容器及び4号機使用済み核燃料貯蔵プールからの放射性物質大量放出であったが,このいずれも現場における僥倖的偶然により実際には発生しなかった。2号機は偶々欠陥機であったことから圧力が抜け,4号機では燃料貯蔵プールに偶々工事遅延で残っていた原子炉ウエルの水が流れ込み放射性物質の大量放出には至らなかった。

 この僥倖的偶然がなければ原発先進国の日本にもチェルノブイリ原発事故に迫る惨状が広がっていたに違いない。「東日本壊滅」である。そのことを直感したのが当時,ドイツ首相官邸で日本からの衛星テレビ画面を食い入るように見ていたメルケルであった。2011年3月11日から4日後の3月15日,彼女は国内の稼働原発16基中,30年以上経過している7基について即時稼働停止命令を出した。それから3か月後には残り9基を2022年末まで10年かけて廃炉処分とする原子力法改正案を連邦議会で可決させた。最終的には翌23年4月,ドイツ国内全ての原発が止まった。

 一方,放射性物質の大量放出を免れ,喉元過ぎれば忘れてしまうほどの「熱さ」体験ですんだ日本政府は原発回帰を模索し始めている。福島原発事故で本来遭遇したであろう「熱さ」に危機意識を持ち続ける人々もいれば,いつまで「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」のかと批判する人々もいる。今回の白馬会議は4人の招待ゲストを囲んで「喉元」派と「羹」派が真剣に向かい合った時間だった。原発問題,日本の混迷はまだまだ続く。

 来年の白馬会議11月16-17日開催。ご興味のある方は市川(ichi@gb3.so-net.ne.jp)までご連絡ください。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3228.html)

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市川 周

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