世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3164
世界経済評論IMPACT No.3164

アベノミクスはハイパー・インフレーションを招くか?:第1次世界大戦後ドイツの経験と実際が教えること

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2023.10.23

 アベノミクス(異次元金融緩和・リフレ論)の第1の失敗は,大規模に10年もの長い期間やってなんの効果もなかったことであるが,第2の失敗は,効果がないことが誰の目にも明らかになっても,それをずるずると長期間続けたことによって,ハイパー・インフレーションという深刻な失敗を招くかもしれないことである。第1次世界大戦後のドイツのハイパー・インフレーションの経験と実際が,そのことを教えてくれている。

 ドイツにおいては,紙券貨幣(ライヒスマルク銀行券)のドイツマルクが,1兆分の1にまで減価した。つまり1兆倍もの物価上昇(インフレーション)が発生したのである。

 この根底的な要因は,戦時中に形成された財政と金融の癒着合体が,戦時債務を膨脹させ,戦後もそれらを継承せざるを得なかったことによる貨幣信頼の脆弱性である。

 当時のドイツの中央銀行(ライヒスバンク)は,戦争開始後,政府発行の短期公債を直接引受け,それを引き当てに巨額のマルク紙券(不換銀行券)を発行し続けてきた。中央銀行が政府の財布代わりになって,財政赤字の穴埋めに,紙幣印刷機を回し続けたのである。

 ライヒスバンクは,政府の管理・監督下にある法人であり,その業務もその指揮下に置かれていた。金融論の権威である吉野俊彦氏が批判するように,まさに「政府手中の傀儡(かいらい:あやつり人形のこと)」だったのであり,典型的な公然型の「財政と金融の癒着合体」が形成されていたのであった。

 その結果,ライヒスバンクの財務状況はひどいものとなった。1923年11月末時点で,資産は1918年比で57億倍に膨脹し,その83%が政府短期公債であり,当時の正貨準備であった金の,負債に占める割合は,0.0000000002%となったのである。

 このような発行元の財務の悪化が,マルク紙券に対する貨幣不信を招き,それが貨幣減価(インフレーション)を引き起こしたのであった。紙券貨幣の減価は,紙券貨幣を発行・管理する組織の財務の悪化と,これらが引き起こす貨幣不信によって発生することを,実際の観察から理論化したのは,アダム・スミスの『国富論』であった。またこの貨幣不信による貨幣減価が,まず外国為替市場における自国貨幣の売り行動から始まることを,統計的に証明したのが,パリ大学のA.アフタリヨン氏の1927年の実証研究と,コロンビア大学のJ.H.ロージャーズ氏の1929年の実証研究であった。実際にドイツでは,ドイツ人の多くがマルクを売ってドルを買うマルク逃避に走り,ドル資産を抱えたので,自国貨幣の信頼が低下してマルク安(ドル高)になっても,為替差益が出て大喜びしたのであった。

 こうして,ドイツでのハイパー・インフレーションは,外国為替市場での大規模なマルクの売投機とマルク安から始まり,これが何度も先行しては,次のような悪循環によって発生した。財政と金融の癒着合体→貨幣発行元の財務の悪化→貨幣不信→外国為替市場での貨幣減価行動→自国貨幣安→輸入品物価上昇→国産品物価上昇→全般的物価上昇→物価上昇の相乗的・拡散的作用→貨幣不信の悪循環→ハイパー・インフレーション。

 黒田日銀は,異次元金融緩和と称して10年もかけて政府公債を大規模に買い上げ,580兆円もの巨額の公債を保有したため,金利を2%上げただけで,保有公債の評価損(含み損)が50兆円もの巨額になると推定されており,債務超過に陥ることは確実であり,この財務悪化は,円に対する貨幣不信と,外国為替市場における円売りを引き起こす。

 今年1月の日本国際経済学会関東支部の研究会で,日銀審議委員も務めた著名な金融論研究者が,日銀は簿価計上なので債務超過にはならないと発言していた。しかしリスク査定は時価評価が基本なので,ヘッジファンドや内外の投資家が査定して,実質的に債務超過となれば,彼らが大規模な円売りを仕掛けてくることは間違いない。

 日本人の多くも,円不信を感じるようになり,投機的な円売り(外貨買い)に走ることにでもなれば,恐ろしい事態になるかもしれない。このような事態を起こさないためには,政府と日銀が協力し,財政と金融を健全化するための共同行動に踏み出すしかない。

(詳しくは,紀国正典「第1次世界大戦ドイツのハイパー・インフレーション(1)―大規模な貨幣破産・財政破産の発生要因についての解明―」(プレ・プリント論文),金融の公共性研究所サイト,紀国セルフ・アーカイブ「公共性研究」ページからダウンロードできる)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3164.html)

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