世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3154
世界経済評論IMPACT No.3154

近代化しない日本の商取引:ビッグモーターの不祥事をめぐって

川邉信雄

(早稲田大学・文京学院大学 名誉教授)

2023.10.16

 中古車販売大手のビッグモーター(BM)の一連の不正事件が社会問題化している。同社の公式ホームページの「お知らせ」(2023年1月30日付)は,「先般の一部マスコミ報道における自動車保険金額請求に関して,公正で適正な調査を行うため,当社と利害関係を有しない外部専門家から構成される特別調査委員会を設置いたしました」とある。同社は,同年7月5日付の「お知らせ」で,特別調査員会の調査報告書を受領したと発表した。

 ところが,同社の「お知らせ」以前の2022年1月には,従業員による内部告発でBMの不正は全社に蔓延していたことが発覚していた。同年6月には,損害保険会社大手3社がBMの不正行為を指摘し,同社に実態調査を要請し,顧客に車の修理にBMを紹介するのを停止した。

 上記調査結果の内容は,耳を疑いたくなるものであった。修理のために顧客から預かった車を故意にへこましたり傷つけたり,実際に施行しなかった作業や使用していない部品の請求などをして,保険金を過剰に請求したといったものである。

 この間,BMの問題が次々に明らかになった。国土交通省は,車両の速度計の一部の検査を故意に実施しなかったとして,2023年3月に熊本市,6月に宇都宮市のBMの民間車検場の指定を取り消していた。同省は,民間車検場の指定や整備に必要な認証を受けているBMの135店舗に対して,整備業務での不正がなかったか,行政措置を睨んで8月27日までに報告するように求めた。

 調査報告の後,7月25日のBMの記者会見では,オーナー社長は「板金部門の単独の問題」と述べ,経営陣は知らなかったと主張した。翌26日付でオーナーである社長・副社長が辞任し新たな経営陣の発表がなされた。

 さらに,BMが道路沿いの店舗周辺に除草剤をまいて街路樹を枯れさせたリ,街路樹を伐採するという事件も発覚した。警察庁によると,9月15日までに16都道府県で計38件の街路樹に関する被害届が受理された。この件については,9月15日には警視庁と神奈川県警が東京都港区にあった当時のBM本社を家宅捜索したほか,福岡県警が21日に,山口県警が27日に県内の店舗の家宅捜索している。

 BMの不正行為が明らかになるにつれて,損害保険会社との関係や損害保険業界の体質も問題視されるようになった。なかでも,2004年から累計43人の出向者をBMに送り同社との関係を強めていた損害保険(損保)ジャパンとの癒着構造が問題視されるようになった。BMへの損保ジャパンの出向者がどのような役割を担っていたのか,不正の認識など事実確認や損保ジャパンが短期間に顧客紹介を再開した経緯が問題となっている。

 というのは,損保ジャパンのトップは不正請求の疑いを把握しながら2022年7月の役員会議で,BMとの関係が悪化すると他社にビジネスを奪われるのを恐れ,BMとの取引を再開していたからである。2019年には,損保ジャパンは査定担当者が現地に出向かない修理の「簡易査定」を,BMの全工場に導入していたことも判明した。2023年9月19日,金融庁は保険金不正請求問題を巡り,保険業法に基づいた措置として,BMの本社機能のある多摩店と損保ジャパン本社への立ち入り検査を始めた。結局,8月28日の記者会見で損保ジャパンの社長が責任をとって辞任することが発表された。

 親会社のSOMPOホールディングスは,2023年8月7日に損保ジャパンの対応を調べる調査委員会を設置した。損保ジャパンが7月に設置していた調査委員会が,これに移行した。この調査委員会の中間報告が10月9日に発表されたが,従来報道されてきた内容を裏付けるものであった。

 さらに,BMの内部通報制度の問題も明らかになった。内部告発があったにもかかわらず,これは握りつぶされた。消費者庁はBMの内部通報制の問題について,公益通報者保護法に基づく報告を求めた。下請け事業者への支払い代金を不当に減額し,「優越的地位の乱用」という独禁法違反の疑いも新たに出ている。

 BMの一連の問題の背景には,基本的にはオーナー一族の強いワンマン経営があったと考えられている。しかし,同じように問題を起こした損保ジャパンのトップは専門経営者である。また,損保と契約者の間に存在する保険代理店が,損保総売上の大半を左右しているという,損保業界の構造的な問題があると指摘する声もある。いずれにせよ,BMは顧客のことは考えず,過度に「事業の拡大による儲け主義」に走ったことは間違いない。

 近年,ガバナンス(企業統治)とかコンプライアンス(法令遵守)といったことが盛んに謳われている。しかし,これらはイベントや報告書の作成といった形でビジネス化され,その内実は形骸化しているように思える。こうした動きの一方で,「正直な商売をやっていれば結果はついてくる」といった,経営者の職業倫理や企業のビジネス倫理は劣化・衰退してしまったのではないか。

 BM事件の報道をみても,「いびつな企業風土」「忖度」「もたれ合い」「認識の甘さ」といったような曖昧な言葉が目を引く。こうした状況をみると,日本には近代的な公正かつ透明な取引の概念が根付いていないのではないかと懸念される。近代的な取引は,売り手の商品やサービスと買い手の支払いが等しい関係,つまり両者は対等な関係でなければならない。これは,市場原理の基礎であり,会計学や簿記の基本的な考え方である。企業経営者には,自らの事業の社会的意義を認識し,企業と企業,企業と消費者,企業と従業員の間の取引近代化を望みたい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3154.html)

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