世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
日米不動産バブルの比較と中国Japanificationの可能性
(武者リサーチ 代表)
2023.09.18
中国不動産バブル崩壊は世界経済の最大懸念の一つとなった。不動産バブル崩壊は日本の失われた30年に帰結したが,中国が日本のたどった道を後追いするのか,関心が高まっている。以下日中の不動産バブルを比較すると,中国の日本以上の深刻さが浮かび上がる。日本の場合政策の誤りにより,バブル崩壊(資産価格の過剰値上がりの是正)のみならず負のバブルの形成(本源的価値以下までの株価,不動産価格の低下)があり,経済へのダメージが増幅された。よって政策対応次第では,中国が日本の後をそのままトレースするとは限らないが,中国バブルのスケールの大きさを認識しておくことは重要である。
中国バブルが日本以上に深刻な現実(FACTS)を4点にわたって検証してみよう。
まず第一に中国において,近年世界が経験したことがない不動産価格の異常な値上がりが起きたことが指摘される。不動産価格の水準を年間所得との比較で見ると,上海50倍,深圳43倍,香港42倍,広州37倍,北京36倍(2023年NUMBEO調べ)と,歴史的高水準に達している(東京は12倍,NY10倍)。バブル期の東京の同倍率が15であったことと比較すると,中国の深刻度は明らかである。また住宅価格を年間家賃との比較で見ても東京やNYの25倍に対して,中国は全国中央値でも58倍(中国不動産協会2023年)と著しく高い。住宅所有が結婚の条件という中国で,若年失業率が20%超と言う環境下での,この価格は異常である。
では不動産バブルのマクロ的規模はどれほどか。日本の土地時価総額は,1980年(745兆円),1990年(2477兆円),2005年(1252兆円),2013年(1135兆円),2021年(1276兆円)と推移してきた。ピーク1990年の対GDP比は581%であつた。これに対して中国は2017年住宅時価総額430兆元(Kenneth Rogoff, Yuanchen Yang(2020),"Peak China Housing")という試算がある。GDP79兆元として計算すれば,対GDP比は544%と,ほぼ日本のバブル時に匹敵することがわかる。
ちなみにFRBによる米国の住宅時価総額(家計保有)はバブルピーク2007年でも26兆ドル(対GDP比180%),2011年20兆ドル(対GDP比129%),2022年45兆ドル(対GDP比177%)となっており,日本と中国のバブルはやはりけた外れに大きかったことがわかる。
第二に不動産バブル発生の根本的原因において,中国には日本にはなかった能動的要因がある。日中のバブル原因には共通点と相違点がある。日中ともに不動産バブルは,ニクソンショック後のドル垂れ流しの国際分業進展の下で,対米輸出の急増で経常黒字が大きく積みあがったことに端を発する。日本は1980年代以降GDP比3~4%の経常黒字が積みあがった。中国は北京オリンピックを挟んだ2006~2010年にかけて,GDP比5~10%の巨額黒字を出し続けた。それは即国内通貨の過剰供給に繋がり,不動産バブルの形成の原動力になった。また中国では2015~16年の金融危機・人民元安危機に対応し資本輸出規制を再導入したため,過剰貯蓄が国内に封鎖され2016~7年の不動産狂乱を引き起こした。このように対外黒字と過剰通貨発行は米中共通の,バブル原因である。
日米共通の受動的バブル形成に対して,中国には政策が能動的にバブルを引き起こしたという,大きなバブル形成の誘因があった。中国国家財政は地方が支出の85%を担うという構造になっているが,地方の財政収入の4割が土地利用権売却益によってねん出する仕組みとなっている。地方政府は規制・周辺インフラ整備・金融支援込みで魅力度を高めた土地利用権を売却し巨額の収入を得続けた。
こうしたことから第三に不動産金融において,中国の不動産関連負債は日本に比べて突出したレベルとなっている。日本の不動産金融はもっぱら銀行部門の過剰融資であった。それに対して中国は地方政府の別動隊であり公共インフラ整備資金の調達を担う地方融資平台(LGFV)の債務が急拡大してきた。
日本の不動産金融の規模は,1990年の総量規制の対象となった3業種(建設,不動産,ノンバンク)に対する銀行融資ととらえてよい。3業種向け貸し付けは1980年33兆円(総貸出に対する比率13%),1985年50兆円(同18%),1990年89兆円(同22%),1997年115兆円(同29%)と急増しバブル形成の主燃料となったが,そのGDPに対する比率は1985年15%,1990年19%1997年21%であった。
それに対して中国の場合融資平台だけで債務総額,2018年35兆元(対GDP比38%),2023年57兆元(対GDP比53%)と推移し,IMFの見通しでは,2027年102兆元(対GDP比では60%以上)となっており,日本の比ではないことが分かる。IMFはこれらを政府の隠れ債務と呼び,それを加えれば中国の政府債務残高は2027年にはGDP比149%と日本に次ぐ高債務国になると予想している。
加えて日本のバブル崩壊時には存在しなかったシャドウバンキング(貸付信託,受託債券,受取手形, 信用状,収益権等)によるデベロッパー等の資金調達も数十兆元(GDP比数10%)存在していると推測される。
第四に不動産バブルの経済への影響において中国の比重は大きい。バブル関連産業を建設業と不動産業と定義し両者の産業別GDPを合計すると,日本の場合1990年GDP比21.0%(建設10.1%,不動産10.9%),2021年同17.4%(建設5.5,不動産11.9%)と推移してきた。それに対して中国は2016年29%(建設+不動産)と推定されている(Kenneth Rogoff, Yuanchen Yang(2020),"Peak China Housing")。
以上のように検証すると,すでに形成された不動産バブルのスケールは,1980~90年代にかけての日本のそれよりははるかに大規模なものであることが分かる。
ではバブル崩壊の現状はどうかだが,日本の推移と比較しバブル崩壊の初期日本でいえば1990年代前半に相当する,と言えるのではないか。日本の場合1990年3月の不動産融資総量規制が引き金となった。中国の場合も2020年8月の不動産融資規制「スリーレッドライン」が引き金となった。日本の6大都市市街地地価指数32.5(1971),67.8(1980),285.3(1991),68.6(2005),67.8(2013)と推移してきた。11年で4.2倍となった後バブルの高値からは13年間で75%低下し底入れをした。
他方中国の不動産価格下落は今始まったばかり,当局の公表値は数%の下落に過ぎない。しかし,アリババ本社近くの中古物件,21年終盤の高値から25%安になったとのメディアの報道がなされており(ブルムバーグ),仲介業者データではすでに高値から15~25%下落したと推測されている。むしろ現在最も大きく変化しているのは中国の不動産販売の激減である。大手100デベロッパーの販売額はピーク2021年比7割減で推移しまだ底入れしていない。また家計の住宅ローンも激減している。
ということは不良債権の発生と処理も今の中国はほんの入り口に過ぎないということである。日経新聞(8月31日)は,中国不動産デベロッパー11社のバランスシート合計値を発表した。「主要11社の6月末のバランスシートは資産総額が約12兆3300億元(対GDP比10%)に対し,負債総額が約10兆3400億元。差し引き約1兆9900億元が資本となっている。総資産のおよそ半分を占める開発用不動産の評価が仮に32%下がれば,資本不足で債務超過に転落する計算だ」。しかし総資産内開発用不動産以外もバブル崩壊で評価が大きく下落するだろうこと,価格下落はこれからが本番,大幅な評価減は不可避であろうこと,を考えれば,ほぼ全社が債務超過に陥ることは避けられないのではないか。
日本の場合全国銀行の不良債権のピークは2001年の43兆円,累計の銀行処理額は80兆円程度,GDP比20%程度に上ったものと推定される。日銀は銀行の不動産処理による損失に対して巨額の量的金融緩和で対応した。損失処理が進展した1998年から2005年にかけて,日銀総資産はほぼ80兆円増加した。これは銀行の処理額はまるまる日銀信用によって補填され,銀行のバランスシートの収縮は避けられたことを意味する。このように日本の不良債権処理の過程を振り返ると,未だ中国では不良債権の処理すら始まっていない段階と言える。
中国経済の深刻な困難を予見させる。
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