世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
問題の根源は中国の過剰工業力:米関税はその副産物
(武者リサーチ 代表)
2025.09.08
世界中がトランプ氏の関税大幅引き上げ騒動に振り回されている。輸入品に対する平均関税率は,1900年代初頭は20%を超えていたが第二次世界大戦の後急低下し,1980年代以降は2~3%の低関税時代が続いてきたが,そのような時代は終わったようである。それにしてもトランプ政権の関税政策は,極めて恣意的で一貫性がない。極端なのは米国の貿易収支が黒字のブラジルに対して50%の相互関税を課すと発表したことである。その根拠としてトランプ氏と盟友関係にあったボルソナロ前大統領に対する起訴(「魔女狩り」だと非難),米ソーシャルメディア企業への規制を挙げている。甚だしい内政干渉である。このけんか腰の米国による貿易規制の動きを,中国は国際的通商体制を壊すものと批判し,ASEANやBRICS諸国,EU等を巡って自らを自由貿易体制の擁護者としてふるまっている。
しかしより根本の問題は,中国の過度に肥大化した工業力が世界に弊害を与えているという事実にある。日本も米国同様に中国に製造業の基幹部分を奪われ,生産の長期停滞を余儀なくされた。中国の近隣破壊的な工業力が各国経済や国民生活に大きく影響し,米国を始め各国がそれに耐えられなくなっているのである。まず重厚長大産業は中国の天下である。中国の粗鋼生産シェアは,2000年の時点で10%程度であったが,2024年は52.8%となっており,57%まで高まった時期もあった。また,2024年の商業用造船の受注は世界の7割を占めており,韓国や日本がまったく追いつけない状況にある。先端産業についても,世界の商業用ドローンの7割を支配している。
また,EVでは6割,バッテリーでも6~7割,ソーラーパネルでは8割,ウィンドパワーでも8割と,グリーンエネルギー分野では,さらに支配力を高めている。そもそも,コバルトなどのレアメタルを使った高技術製品は日本の得意分野であった。パワーのある磁石類などは日本の独壇場だったが,いつの間にかすべて中国に奪われてしまった。
今や,中国の世界の製造業におけるシェアは4割に達している。国連(UNIDO)の調査では,中国の世界製造業シェアは31%程度だが,これは市場為替レートで計算したものであり,実態を表しているとはとは言えない。中国人民元の対ドルレートは現在1ドル7.2元だが,人民元の購買力ははるかに強く,1ドル3.64元(2023年)のパワー(購買力)を持っている。1ドル4元弱のパワーを持つ中国が1ドル7元で商売するのだから,それは有利だ。中国では1ドル3.64元で製造業の付加価値が生産されていると考えてシェアを推計すれば,実際の中国の世界生産シェアは4割まで高まる。
この過剰工業力は中国の歪んだ経済構造の賜物である。世銀の調査による主要国の家計消費のGDPに対する割合を見ると,中国は36~37%で推移している。一方,中国の固定資本形成はGDPに対して40%であり,投資よりも消費のほうが小さいと言う異常な経済構造になっている。不動産バブルの崩壊とデフレ化,失業率の高まりにより人々の将来不安が募っている。年金・社会保険制度が整っていない中国では,家計は一層貯蓄に励む。中国の貯蓄率は45%(2021年)と,日本3.6%(2022年),米国1.9%(2022年),英1.1%(2022年),ドイツ9.1%(2022年)等に比べて突出して高い。この過剰貯蓄を投資に振り向け一段と工業力を強めてきたのである。
消費力の弱い中国は輸出ドライブを大幅に強め,とうとう自動車まで日本を抜いて世界最大の輸出国になった。最近,特に力を入れているのは,新質生産力,ニュートリオと言われている太陽光パネル,電気自動車,リチウムイオン電池である。これらの輸出の大幅増加が,国内需要の低迷をカバーしてきた。しかし,それでもなお供給力過剰ははなはだしい。例えば太陽光パネルは,10年後の世界の需要を全て供給できるほどの供給余剰状態と言われている。その結果,価格競争が熾烈化し,太陽光パネルメーカー7社が大幅な赤字になった。今後は,この過剰な供給力が中国国内だけではなく全世界にデフレ圧力を及ぼすことになる。
第二次世界大戦が終わった1945年の米国の工業力の世界シェアは5割と言われていた。中国は当時の米国に比肩する工業力を持ってしまったわけだが,世界人口比わずか17%,かつ消費意欲が衰弱している現在の中国にとって,これは持続可能ではない。この歪(いびつ)さをどのよう変えていくのか。そうした問いなしには,これからの国際戦略や通商政策は立てられない。今回の関税騒動に見られる,トランプ政権の唐突で乱暴に見える一連の政策は,中国による一極支配を変えるための工程表の第一ステップとして打ち出されたものと考えるべきであろう。米国は1980年代から10年以上をかけて日米構造協議で日本の手足を縛ったように,じわじわと中国を縛り上げ,身動きのとれない状態に追い込んでいくのではないか。
1ドル3.64元という実力に対して,1ドル7元という異常に安い為替レートが維持され,それが極端な競争力の強さにつながっているのだから,人民元を1ドル4元に引き上げれば簡単に解決できるはずだが,人民元が強くなれば,中国は,それを使って攻撃的な企業の買収,様々な国の権益の取得などを実行しかねない。日本に対しては円高でパニッシュできたが,中国を人民元高でパニッシュすると逆効果になる可能性がある。したがって,異常な中国の強さを抑えるには関税と管理貿易に頼るほかない,と考えられる。4割近い工業力を支配する中国への供給依存を変えるには時間を要する。長期にわたる持久戦が始まっていると認識するべきだ。
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