世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3110
世界経済評論IMPACT No.3110

性加害問題,放送局も外部専門家による検証作業が必要

小原篤次

(長崎県立大学 准教授)

2023.09.11

 再発防止特別チーム報告書で故ジャニー喜多川氏による性被害が数百人にものぼることが明らかになった。期間は1950年代から2010年代と長期にわたる。所属タレントは音楽・ダンスからドラマ,情報番組,スポーツ番組と活躍の場所を広げ,放送番組制作に広く深くかかわってきた。藤島ジュリー景子元社長らは7日に記者会見。企業スポンサーもようやく同事務所や所属タレントと距離を置き始めた。週刊文春の1999年のキャンペーン,その後の民事訴訟は2004年には性加害を認定した。テレビ広告,子どもの権利の2つの視点で言説する。

 エンターテイメントは感性で人工知能(AI)の影響を受けにくいと思われるかもしれないが,そうではない。昔から数字で評価されるシビアな業界である。テレビに限って60年の歴史がある。とくに民間放送は広告収入によって成立しているためである。

 近年,AI,ビックデータなどデータと行動に関心が集まるが,自動車,テレビなどの大量生産・大量消費が経済学・経営学の進歩を支えてきたことは言うまでもない。最初のコンピュータ開発は砲弾の計算のため,つまり軍事技術で完成は第二次世界大戦が終わった直後の1946年である。テレビはコンピュータに先駆けて開発され,日本でカラー放送が始まる1960年代には米国IBMなどが汎用コンピュータを世に送り出している。米国調査会社ニールセンも1961年,日本に進出,2000年まで視聴率を提供した。これに対して電通と東芝がテレビ受像機にメータを取り付けて視聴率を測定する方法を開発,民間放送局が出資したビデオ・リサーチが視聴率の提供を続けている。視聴率の集計・分析にコンピュータの発展が寄与した。

 それではタレントをはじめとするエンターテイメント業界となると,ジャニーズ事務所はじめ非上場企業が多くてブラックボックスである。同事務所が依頼した外部専門家による再発防止特別チームの報告書で役員や株主構成の変遷が明らかになったが,売上高,利益,資産もわからない。有料の企業データベースでも得られる情報は従業員数だけだ。外部から財務がわからいという点で「闇の世界」である。吉本興業,ホリプロは上場を取りやめ,現在はエイベックスとアミューズの2社が上場している。

 他方,エンターテイメントと関係が深い民間放送局のほか,広告代理店,大型スポンサーの大半は上場企業である。広告代理店の電通が集計する広告費は約7兆円と巨大だ。日本の上場企業16位のパナソニックホールディングスに匹敵する。

 ちなみに,筆者は2013年(「マスコミはIT企業に飲み込まれるのか」)と2015年(「2020年にもネット広告費がテレビ広告費を抜く」)に,朝日新聞デジタルWEB論座で2020年にはインターネット広告がテレビ広告を上回るとの予想をし,現実には2019年に逆転している。

 放送や新聞が広告の大半を占める時代は終わり,インターネットのほか,列車内の液晶パネル,コンビニ・外食などで流れる放送など広告媒体は多様だ。だが広告媒体が分散しても,有名タレントの影響力は低下していない。タレント起用はマーケティングのてっとり早い方法である。タレントはSNSの短文や画像を投稿だけで放送局,スポーツ新聞などが取り上げることがからも容易にわかる。タレントは有力な販売促進ツールである。

 2番目の視点に移る。電通調査ではSDGsの認知率は2018年の14.8%から2023年には91.6%に急上昇する。世界的なSDGs報告書でもSDGsがポピュラーな国として日本があげられている。電通調査は15の課題の認知も質問している。食品ロス,ジェンダー平等,再生可能エネルギーが上位で90%以上,子どもに関する社会課題は6番目で69.4%にとどまっている。背景となる子どもの権利条約は1989年,国連総会において採択され,日本は1994年に批准された。しかし具体化は遅れた。成人年齢が2022年から18歳になり,こども家庭庁創設が決まった。2023年6月,刑法改正で性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げた。政府の関係府省庁の合同会議は7月,子どもや若者の性被害防止に向けた緊急対策を決定した。男性・男児に特化した相談窓口を9月にも新設することを盛り込んだばかり。

 要約すると,内部告発がしにくい密室の事件だった。タレントを夢見る子どもたちが訓練とキャスティングで絶対的なジャニー喜多川氏からの性被害。自宅やホテルと密室である。スマホが普及していない時代なら被害の証拠も集めにくい。他方,タレントはCMに直結,CMはドラマや主題歌と連動する例が増えている。放送局は特定のタレントに依存してきた。

 最後に放送局の経営責任である。放送局幹部は取締役会などでジャニーズ問題を議論しなかったのだろうか。NHK,民間放送局はジャニーズ事務所の利害関係者であるが,同事務所と違い,大きな組織で人権やハラスメントなどガバナンスの方針や内部通告体制も整備されている。例えば,TBSはSDGs先進局と宣言する。放送局は性加害が明るみになる中,なぜジャニーズタレント依存を深めたのか。放送局スタッフに加害者(女性タレントも含めて)はいないのだろうか。外部専門家による検証を委ね,再発防止に主体的に取り組む責任がある。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3110.html)

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