世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3865
世界経済評論IMPACT No.3865

“迂回”輸出拠点の汚名を返上できるか

助川成也

(国士舘大学政経学部 教授・泰日工業大学 客員教授)

2025.06.09

「漁夫の利」論の落とし穴と試されるASEANの輸出信頼性

 第一次トランプ政権以降,米中対立の激化により,中国の対米輸出は高関税という障壁に直面し,その結果,中国企業は生産拠点の一部をASEAN諸国へ移転する動きを加速させた。ASEAN諸国にとっては,このような地政学的状況の変化が追い風となり,域内への直接投資の増加や対米輸出の拡大という形で“漁夫の利”を得る局面が続いた。「チャイナ+1」戦略の主要な受け皿として,ASEANの存在感は格段に高まった。

 しかし,そうした成長の裏には,米国における“迂回輸出拠点”としての側面も見え隠れする。例えば,ベトナム,マレーシア,タイといった国々では,中国企業が現地法人を設立し,ASEAN製品として製品を米国に輸出する事例が相次いで報告されている。これらは名目上,ASEANからの輸出であるが,実態としては中国で生産された部材を用い,単純な組立工程をASEANで行うことで,“中国製”という原産地を回避しようとする動きである。米国当局はこれを迂回輸出と見なし,強い警戒感を示している。

 IMFのDirection of Trade統計をもとに分析したところ,中国からASEANへの輸出と,ASEANから米国への輸出の間には一定の正の相関関係があることが明らかになった。特にフィリピン,ベトナム,マレーシアなどにおいて,中国からの中間財や電子部品の輸入が急増した後に,同様の品目が米国に対して“ASEAN製”として輸出される傾向が観察されている。これは,中国製部品がASEAN域内で最終加工を経て米国に再輸出されている構造を反映しており,米国当局が迂回輸出の疑いを強める根拠の一つとなっている。

 こうした実態を背景に,2025年4月,米国は全世界を対象とした最大50%の「相互関税」の発動を発表した。この措置は,従来の対象国だけでなく,米国が貿易黒字を計上している国までも含んでおり,その背後には“ASEAN経由の中国製品流入”に対する米国側の危機感もあるとみられている。とりわけ,ベトナムやタイとの通商交渉においては,中国由来の製品が“偽装輸出”されている可能性が交渉の進展を阻む主因となっている。

 実際,2025年6月3日付のロイター報道によれば,米国はベトナムに対し,対中依存を減らすよう明確な要求リストを提示しており,その内容には原材料の現地調達率の引き上げや,サプライチェーンの透明性向上が含まれている(Exclusive: US made ‘tough’ requests to Vietnam in trade talks, sources say)。これは,ASEAN製品として米国に輸出される以上,十分な製造工程と部材変更が行われていることを米国側が求めている証左である。

 米国が用いる非特恵原産地規則においては,「実質的変更(substantial transformation)」という原則が適用される。これは,製品が加工国において「名称・特徴・用途」が変化するほどの実質的な加工を受けていなければ,その国の原産品とは認められないというものである。たとえば,半導体部品を中国から輸入し,ASEAN域内で単なるパッケージングや組立だけを行っても,それが“実質的変更”と見なされる可能性は極めて低い。

 米国税関・国境警備局(CBP)は,こうした原産地規則違反に対し厳格に対応しており,合理的注意義務(reasonable care)の下,輸入者に対して原材料の供給元や製造プロセスの詳細情報を求める権限を持つ。輸入者が意図的に虚偽の申告を行った場合,CBPによる監査の対象となり,刑事訴追や多額の制裁金が科される可能性もある。

 このような背景を踏まえ,ASEAN各国の政府および企業には,米国の非特恵原産地規則を正確に理解し,それに適合するよう製造体制を見直す必要がある。トレーサビリティの徹底,製造工程の文書化,現地部材の使用割合の明確化などは,米国市場へのアクセスを維持するために不可欠な対応策である。また,事前教示制を活用することで,自社製品の原産地判断に対する公式見解を得ることができ,リスク管理にもつながる。

 さらに,原産地証明制度の国際的調和と連携を検討することも考えられる。ASEANはすでに電子原産地証明(e-Form D)など域内貿易の透明化に取り組んでいるが,今後は米国を含めた信頼ある認証制度の構築(例:Trusted Exporter Framework)に向け,関係国と制度的対話を進めるべきである。これらの成果を活用し,地域全体での原産地証明の一貫性と透明性を高めることが,今後の米国との通商関係において重要な基盤となるだろう。

 ASEANが真の“製造拠点”として国際的信頼を獲得するためには,対米輸出において中国由来との疑念を払拭しなければならない。ASEAN各国が一丸となって原産地制度の遵守と強化を進め,“汚名返上”の取り組みを実践することが,今後の成長と地域の安定に直結するのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3865.html)

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助川成也

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