世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3864
世界経済評論IMPACT No.3864

米国の企業利益の減少

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2025.06.09

1−3月期企業利益は前期比年率−11.3%

 5月29日に発表された米国の1−3月期GDP統計一時改定値によれば,税引き前企業利益(在庫評価・減価償却調整済み)は,前期比年率換算値−11.3%と減少しました。減少率は2020年10−12月期以来の大きなものとなりました。前年同期比では+5.5%でしたが,伸び率は昨年4-6月期の同+10.8%から低下基調にあります。

 企業利益は,経済全体の所得を示す要素費用表示国民所得(=GDP+海外との所得受払い-固定資本減耗-間接税+補助金-統計上の不突合)と連動する傾向があります。要素費用表示国民所得の前年同期比上昇率は,昨年1−3月期の+6.0%,4−6月期の+5.9%から,今年1−3月期には+4.4%へと下がっています。輸入関税は,日本の消費税と同様に間接税の一種であり,間接税は上記のように要素費用表示国民所得の控除項目ですので,トランプ政権による関税引上げは,国民所得の減少要因となります。企業側から見ると,輸入関税引上げによるコスト上昇を製品価格に十分に転嫁できなければ,企業利益が減少します。

高水準の設備投資を支えてきた企業利益

 1-3月期には実質GDPは前期比年率換算−0.2%と減少しましたが,実質非住宅投資は同+10.4%と堅調でした。非住宅投資のGDPに占める比率は,1−3月期には13.9%と1985年以降の平均値13.0%を上回り,歴史的高水準にあります。企業利益のGDP比は,1985年以来の最高であった昨年10−12月期の13.5%から1−3月期には13.0%に下がりましたが,1985年以来の平均値10.1%を大幅に上回っています。企業の高い収益性が,高水準の設備投資を支えていることがうかがわれます。しかし,トランプ関税の影響などにより企業利益の減少が続くと,非住宅投資も減少に転じ,景気後退の様相が強まるでしょう。

労働分配率は歴史的低水準

 利益の回復を図るために,企業が労働コストを削減することも考えられます。企業部門雇用者報酬の伸びも,国民所得や企業利益と連動する傾向があり,前年同期比上昇率は昨年1−3月期の+6.4%から今年1−3月期には+4.2%にまで減速しています。ただ,労働分配率(=企業部門雇用者報酬/(企業部門純付加価値-間接税+補助金))は,1−3月期には72.1%と1985年以来の平均値77.6%を大幅に下回る歴史的低水準にあります。上に述べた企業の高い収益性は,労働分配率の低下によって成り立っているとも言えます。ここから企業が労働コストを削減することは,労働者の立場では容認しがたいでしょう。トランプ政権としても,関税政策に対する国民の支持をつなぎとめるために,企業が関税賦課によるコスト上昇を消費者向けの財・サービスの価格に転嫁したり,賃金,雇用を削減したりすることを控えるように,圧力をかけてきそうです。結果的に,企業利益は大幅に減少する可能性があります。

 ポピュリスト的性質を強く持つトランプ政権は,従来の共和党政権と比べて,企業寄りの姿勢が弱いのではないかと思います。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3864.html)

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