世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3082
世界経済評論IMPACT No.3082

『官僚たちの夏』再び:幼稚産業保護としての半導体産業政策の実施

朽木昭文

(ITI 客員研究員)

2023.08.28

 「通産省(現・経済産業省)は,戦後に幼稚産業保護の「産業政策」を実施し,かつて“Notorious MITI”と呼ばれた。城山三郎はこの産業政策を小説にし,この小説はテレビドラマ化された(1980年新潮社)。経済産業省は,2023年6月27日の産業構造審議会の経済産業政策新機軸部会で「産業政策」を実施する。

1.戦後日本のマルクスから出た産業政策

 日本の産業政策の起源は,マルクス主義と無関係ではなかった。戦後日本の産業政策は,傾斜生産方式と呼ばれた。これは,W.レオンチェフの産業連関分析,マルクスの再生産表式分析の考えがあった(注1)。その後の研究により理論的な後付けとして経済学の「市場の失敗」により説明された。これが「幼稚産業保護理論」である。

 岸田政権の産業政策として,具体的には半導体産業への補助金政策がある。これは経済安全保障の観点から必要であると説明される。経済の生命線である半導体産業のサプライチェーンがグローバルに完成されていないと経済安全が保障されない。これは,経済学では国防の観点と同じであり,市場の失敗として「公共財」として説明される。国防は,アダム・スミスに例示される典型的な公共財である。

2.動学的な市場の失敗の「幼稚産業保護論」とは

 自国の企業を補助金により育成する場合として,幼稚産業の第1期の幼少期と第2期の青年期を考える。第1期の幼少期に補助金を使って幼稚産業を育成する。第2期の青年期に成長した産業が技術などを進歩させることにより「経済余剰」を大きくする(朽木(2000)に厳密に定義(注2))。

 第2期の「経済余剰」が第1期の補助金の負担を上回り,第1期のプラスと第2期のマイナスを合計すると「純プラス」となる産業がある。この産業を保護することが産業政策である。この選択された産業を重点産業として「ピッキング・ウィナー」と呼ぶ(注3)。この重点産業の選択が,産業政策の成否を決める。

3.30年の「潮目の変化」の「産業政策の新機軸」

 経済産業省の「経済産業政策新機軸部会」の認識として,日本では1990年からの30年間の流れとは異なる「潮目の変化」が生じた。ここに,『官僚たちの夏』が復権する。2023年春闘では,30年ぶりの賃上げ水準が実現した。経団連は2027年度に115兆円の民間設備投資実現を目標とした。半導体・次世代計算基盤構築基盤のための投資・研究開発双方にわたる計2兆円超の支援や蓄電池の製造基盤確立のための0.4兆円の支援など,政府が大規模・長期・計画的な政策支援をコミットした。30年間の縮小均衡条件を崩壊(Breaking)させることを目指す。

 日本政府は,行き過ぎた新自由主義的な政策を軌道修正し,「産業政策の新機軸」を指導した。「産業政策の新機軸」の「ミッション志向の産業政策」を実施する。産業単位の「次なる成長産業」を育成する。「ミッション志向の産業政策」として取り組む政策分野8テーマと,「社会基盤の組み換え」として取り組む政策分野5テーマへと構成を見直した。

4.個別のミッション分野において,実現しうる経済規模

 戦略分野のイノベーションの世界水準の支援を,「GX,半導体・AI・量子・宇宙,バイオものづくり,健康」等において行う。これが,産業政策のピッキング・ウィナーである。

 新機軸の政策により,実現しうる経済規模等を,「新機軸部会」の議事録では以下のとおり例示する。炭素中立型社会の実現ために,今後10年で150兆円超の官民投資,そのために20兆円規模を政府支援する。

 デジタル社会の実現ためにデジタル化による新たなサービスへの需要が創出され,ソフトウェアを含む設備投資が増加する。例えば,2030年までに国内で半導体を生産する企業の合計売上高(半導体関連)を15兆円超とすることを目指す。経済安全保障の実現ために,自律性を向上させ,優位性・不可欠性を確保し,国際秩序を維持する。

5.日本のラストチャンスの産業政策

 産業政策が成功したといえるのは,青年期の余剰のプラスが幼児期の補助金などのマイナスを上回り,その差が「純・プラス」となることである。

 これは民間企業が幼稚産業から成長産業へ進化するかどうかに依存する。そして,民間企業のイノベーション能力がそれを左右する。現在の日本の半導体関連産業の世界シェアは,多くの分野で依然高く,その力が製造分野で残っている。現状の日本の企業は,国内指向ではなく,世界一の目標を持ち,そのためにモノづくりを「ソフト」に融合した独創的な発想をできるチャンスである。日本はブレイク(Break)するチャンスである(注4)。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3082.html)

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