世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
トランプ氏に産業集積戦略なし:米国内のiPhone製造
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2025.06.16
中国米国商会は2025年5月,マイクロソフトなど112社の米国企業を対象に調査を実施し,「米国に生産回帰する企業がゼロ」という回答を得た(注1)。
1.米国の高賃金と5年以上を要する部品生産の米国への移転
トランプ氏は,アップルにiPhoneの米国生産を強要している。本稿はそれが不可能であることを説明する。その2つの理由は,中国と比べ約「5倍」の米国の「労務コスト」と主要部品企業の5~7年を要する米国移転の期間である。
2.現在のグローバル製造体制
米国で販売されるiPhoneの約80%は中国で製造されており,主に鴻海精密工業(Foxconn)が組み立てを担当している。iPhoneは約2,700個の部品で構成されており,これらの部品は世界28カ国,187社から供給される(注2)。
3.iPhoneの主要部品の高コストと製造コストに占める割合
iPhone 16 Pro Max(256GBモデル)の小売価格は米国で1199ドルである。その製造コストの内訳は以下の通り(注3)。中国では,部品製造コストが485ドルであり,「労務コスト」が「30ドル」である(注4)。この合計が約520ドルとなる。この合計に間接費(電力・管理料),輸送費,税金・補助金,その他(利益・保険等)などの80ドルを加えると,製造原価が「600ドル」と想定される(注5)。
部品(注6)に関して,製造コストに占める割合は次のようになる。韓国製(Samsung Display,LG)のディスプレイが,80ドルで「13%」。日本製(Sony)のリアカメラモジュールも13%である。これらを含む主要部品(注7)だけで製造原価の約40%を占めている。
4.主要な制約
「労務コスト」に関して,ワーカーとエンジニアの月額賃金は,それぞれ米国・デトロイトで3,795ドルと7,424ドル,中国・広州で731㌦と1,662㌦である(ジェトロ投資コスト比較調査)(注8)。米国がそれぞれ中国の5.26倍,7.32倍である。他の中間管理職,一般職を総合した労務コストの平均倍率を計算すると,デトロイトは広州の「4.87倍」である(注9)。
中国生産における製造原価600㌦に占める「労務コスト」の30ドルは全コストの「5%」である。そこで,本稿の試算として,中国から米国へ製造拠点を移管する場合を考える。米国の「労務コスト」は,中国のそれの30ドルの「4.87倍」であり,146ドルとなる。この労務コストに中国における製造原価600ドルから労務コスト30ドルを引いたコストである570ドルを加える。結果として,米国での製造原価は「716ドル」となる。米国での製造原価716ドルに占める労務コスト146ドルの比率は,「20%」となる。これは中国の約4倍である。ディスプレイとリアカメラモジュールの部品コスト比率が,「11%」であり,労務コストの比率がほぼ2倍となる(注10)。
5.米国内での生産移転にかかる期間の推定
iPhoneの主要部品を米国内で生産する場合,主要部品の完全な米内生産体制を整えるには5〜7年程度の期間が必要と予測されている(注11)。
主要部品製造には,高度な技術と製造プロセスが求められる。米国生産の立ち上げには,ディスプレイでは5〜7年程度,リアカメラモジュールでは5〜6年程度が必要とされる。また,TSMC製の半導体では,アリゾナ州で先進的な3nmプロセスの量産体制が整うまでには3〜5年程度かかると見込まれる(注12)。
6.米国国内生産移転の課題
米国での製造コストは,中国と比べた「5倍」の労務コストとともに輸入部品への関税が加えられる。また,iPhoneの主要部品に関する米国への移転の期間が5~7年である。2025年3月に,インドの米国向け輸出は,前年同月の3倍となった(注13)。トランプ氏は,場当たりのディールを行い,中長期的な「産業集積戦略」を問題としない。
[注]
- (1)日本経済新聞,2025年6月11日。
- (2)Gangnam Times,「チャイナ・フリーは幻想に過ぎない?トランプ氏「iPhone国内生産」構想に専門家が一斉警告!」(2025年6月6日アクセス)。
- (3)Chat GPTからの情報「Revealed: The true cost of the iPhone」,MINT誌,「Apple spends the most on this one iPhone component. Hint: It’s not the chip」。
- (4)India Dispatch「JPMorgan Says India-Assembled iPhone Within Spitting Distance of China Price」
- (5)Bank of America(SCMP, 2024年, https://investor.bankofamerica.com/2024-annual-report(2025年6月6日アクセス),South China Morning Post などを基に推計された数字。
- (6)次の資料による。Nikkei Asia, 2024年3月「TSMC’s Arizona Plant Timeline and Cost Estimate」,Counterpoint Technology Market Research, 2024年「Bill of Materials for iPhone 16」,Bloomberg Technology, 2023年12月「Apple Supply Chain Strategy Update」,Semiconductor Industry Association (SIA), 2024年「U.S. Semiconductor Manufacturing Capacity Report」。
- (7)台湾製(TSMC)のA18プロセッサーでは,45ドル,約9%である。米国製(Qualcomm)の5Gモデムでは,28ドルの約6%である。米国製(Micronなど)のメモリ(RAM)では,17ドルの約3.5%,である。日本製(Kioxia)のストレージ(NAND)では,22ドルの約4.5%である。
- (8)ジェトロ投資コスト比較調査
- (9)朽木昭文,「投資される国の研究~米国・インド・中国・日本の検討~」,現研第421回新経営具体化研究会,2024年11月11日発表。
- (10)注3に同じ。
- (11)注4に同じ。
- (12)他に,5Gモデム(Qualcomm)では,既に米国内に製造拠点が存在するため,1〜2年での生産拡大が可能と考えられる。また,メモリ(RAM)・ストレージ(NAND)では,一部の企業が米国内に製造拠点を持っているが,需要を完全に満たすためには3〜4年の拡張期間が必要とされる。
- (13)水谷俊博,ジェトロビジネス短信,「南部を中心に増加傾向が続くインドの携帯電話輸出」,2025年6月10日。また,Times of India, 「Dealing with Trump’s tariffs: Apple exports 97.6% of iPhones to US from India to preempt higher tariffs on imports from China.」
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