世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3080
世界経済評論IMPACT No.3080

過熱化する日本の景気

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.08.28

名目GDPは前期比年率+12.0%

 4-6月期の日本の実質GDPは,前期比年率換算+6.0%と,1-3月期の+3.7%を上回る成長となった。名目GDPは+12.0%と,コロナ禍による急減の反動で高成長となった急増した2020年7-9月期を除くと,1994年以来の現行GDP統計上,最高値を記録した。GDPデフレーターは+5.5%と,昨年10-12月期の+4.4%,今年1-3月期の+5.6%に続いて高い伸びとなった。消費者物価は輸入物価上昇の影響で2021年初めから上昇に転じていたが,国内で生み出される付加価値の価格を示すGDPデフレーターは2022年7-9月期までは横這い基調であった。それが2%という日本銀行の目標を3四半期連続で大幅に上回ってきた点では,景気は過熱状態に達したと考えられる。

家計に至らない景気回復の恩恵

 景気が過熱する中で,なぜ日本銀行は低金利政策を続けているのだろうか。建前では,現在の物価上昇が持続的なものか,まだ確信していないということなのだろう。ただ,実際には,利上げを妨げる二つの大きな問題が指摘できる。

 一つは,政府債務残高が累増する中で金利が上昇すると,政府の利払い負担が増えて,財政状況が一段と悪化する点である。

 もう一つは,家計に景気回復の恩恵が十分に至っていない点だ。4-6月期には,実質GDPはコロナ禍前のピークだった2019年7-9月期の水準をようやく超えた。一方,実質雇用者報酬は4-6月期には前期比で増加したが,それまでは物価上昇の影響で6四半期連続で減少していた。4-6月期の水準は,コロナ禍前のピークだった2019年10-12月期を3.5%下回っている。実質民間最終消費支出は,4-6月期には前期比で減少し,前年同期比では+0.2%と低い伸びに留まっている。コロナ禍前のピークだった2019年7-9月期と比較しても3.3%下回っている。

 政府は,企業に賃上げを促すことで家計の実質的な所得の目減りを防ごうとしている。こうした中で景気拡大に水を差しかねない利上げは,日銀としてもやりにくいだろう。

止まらない日本経済の相対的規模縮小

 ただ,この状態を放置すると,日銀が物価上昇を抑えられないという見方が拡がって円への信認が低下し,円安に拍車がかかるだろう。そうなれば,さらに物価上昇圧力が高まると共に,国際的に見れば日本経済のプレゼンスが低下する。米ドル建てで見た日本のGDPは,1994年1-3月期には年率4.74兆ドルであったが,今年の4-6月期には4.30兆ドルと減少している。2010年末から2012年には円高によって6兆ドルを超えていたが,アベノミクス下の大胆な金融緩和をきっかけに円安が進んだことから減少した。米国に対するGDPの相対水準を見ると,1995年4-6月期には81%に達したが,そこから低下基調が続き,現在は16%にまで下がっている。

 低い経済成長率や円安によって世界経済における日本の相対的規模が縮小しても,日本に住む人々の生活を豊かにすることは不可能ではない。ただ,そのためには経済政策の運営において,経済成長を前提にも目標にもしないという発想の転換が必要だろう。景気が過熱状態にある中で無理に経済成長を追い求めるのではなく,物価上昇を抑えて家計の実質所得の目減りに歯止めをかけるべく金利を引き上げることが,日銀としての転換の第一歩となるだろう。一方,政府は,金利上昇とゼロ経済成長のもとでも財政が破綻しないように,プライマリー・バランスの早期黒字化を目指すと共に,環境保護,所得・資産格差の是正,少子高齢化への対応などの様々な課題に取り組むために,歳入,歳出の両面における財政改革が求められる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3080.html)

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