世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3035
世界経済評論IMPACT No.3035

米国の財政刺激策の効果,誤算,限界

榊 茂樹

(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)

2023.07.24

財政刺激策が支えた米国の景気回復

 米景気の行方を探る上で金融政策の動向が注目されている。ただ,コロナ禍で落込んだ景気を回復させたのは,主に財政政策であったようだ。家計や企業への一時的な給付金を中心にした大規模な財政刺激策の発動により,財政赤字は急拡大した。国民所得統計上の一般政府(中央・地方政府,社会保障基金の合計)の財政収支のGDP比は,2020年4−6月期には-26.2%に達した。その後,2021年4−6月期までGDP比10%以上の赤字が続いた。家計や企業に支払われた給付金はすぐに支出されず,民間資金余剰は急増したが,徐々に消費支出や投資に回って需要が回復した。足元で景気が徐々に減速しているのも,金融引締めの影響だけでなく,財政刺激策の効果が薄れてきたことの影響も大きいと考えられる。

失業率の低下とインフレ率の上昇

 コロナ禍初期の2020年4月に14.7%まで急上昇した失業率は,財政刺激策を主因にした景気回復により,昨年3月以降,3%台半ばというコロナ禍前と同様の歴史的低水準まで戻っている。一方,個人消費支出価格中央値の前年同月比上昇率で見た基調的インフレ率は,2021年初めの1.9%から2022年8月には5.8%まで急上昇し,その後も同程度の上昇率で推移している。過去の失業率低下局面に比べて,今回は基調的インフレ率の上昇は急激だった。これは,財政刺激策によって需要が回復した一方,コロナ禍やウクライナ戦争等によって生じた供給制約がなかなか解消されず,需給バランスが大きく崩れたことによると考えられる。

 イエレン財務長官は,FRB議長だった2016年に,需要喚起策によって景気を一時的に過熱状態にすると,労働や生産設備等の経済の供給側も刺激されて供給能力が高まり,インフレ率の上昇も抑えられるのではないかという高圧経済論を唱えた。コロナ禍のもとでの大規模な財刺激策は,高圧経済論の実践とも捉えられる。ただ,需要増に供給能力が追い付かず,インフレの高騰を招いたことは誤算だったと言えるだろう。

 本コラムに執筆した「パウエルFRB議長の三つの失敗」(No.2999,2023年6月19日付)では,現在の金融政策の問題点を指摘したが,インフレ加速の原因が財政政策にもある点では,パウエルFRB議長ばかりを責められない。

財政刺激策では高まらない潜在成長率

 インフレ加速は誤算だったが,需要喚起策としての財政政策の有効性が否定されたわけではない。ただ,景気が悪化するたびに財政刺激策が発動され,その結果,1980年頃から政府債務残高のGDP比が傾向的に上昇しているのに対し,潜在GDP成長率は低下トレンドにある。政府債務残高は,1970年台後半にはGDP比40%程度であったが,現在は110%を超えている。一方,米議会予算局の推計による潜在GDP成長率は70年代後半には3%台半ばだったが,今は1%台後半に低下している。高圧経済論は机上の空論とまでは言わないものの,供給能力の向上という観点では,財政刺激策に限界があることは明らかだ。

 その事は,米国経済についてだけでなく,日本経済についてもまったく同様だろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3035.html)

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