世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
パウエルFRB議長の三つの失敗
(元野村アセットマネジメント チーフストラテジスト)
2023.06.19
6月13,14日開催のFOMC(連邦公開市場委員会)では,米国の政策金利であるフェデラル・ファンド金利の目標レンジは据え置かれた。一方,FOMC参加者の経済見通しによれば,今年末のフェデラル・ファンド金利の予想値は3月時点の見通しの5.1%から5.6%に引き上げられ,今後に利上げの余地を残した形だ。金融市場に早期の利下げ期待を織り込ませたくないという意図があるとも解釈できる。景気の先行きには鈍化の懸念が漂うが,足元までの経済指標は景気後退を示すものではなく,インフレ率の減速は想定より遅いという現状では,FOMCとしても判断に苦しんだのだろう。ただ,これで全てが丸く収まることはなさそうだ。パウエル議長のもと,FRBは大きな三つの失敗を犯しており,これからの政策運営によってそれを挽回することは困難だと思われる。
第一の失敗は,利上げ開始が遅すぎたことである。個人消費支出価格指数の全体やエネルギーと食品を除いたいわゆるコアは,前年同期比上昇率で見ると,2020年4月頃を底に上昇し,2021年3月にはFRBが目標とする2%を超えた。さらに一部品目の価格変動の影響を受けにくく,物価の基調を示す中央値の前年同月比上昇率は,2021年1月の1.9%から同年7月には2.3%に上昇し,10月には3%を超えた。2021年前半までは物価上昇は,エネルギーや中古自動車など一部品目の価格急騰による所が大きく,FRBが物価上昇を一時的なものと判断しても致し方なかったのかもしれない。しかし,物価の基調を示す中央値のトレンドが変わったことは,2021年の夏場には明らかになっていたのではないだろうか。しかし,利上げの開始は2022年3月まで遅れ,結果的にFRBはインフレの加速を見過ごしてしまった。
第二の失敗は,利上げ開始後も,政策金利の水準が低すぎると見られることだ。政策金利の適正水準の目安として,テイラー・ルールというものがある。GDPギャップもしくは失業率とインフレ率が目標水準からどの程度外れているかをもとに,政策金利のあるべき水準を推計する手法である。失業率が目標水準を上回っている場合,政策金利を長期均衡水準より低くし,インフレ率が目標を上回っている場合は,政策金利を均衡水準より高くするという考え方である。GDPギャップや失業率とインフレ率の目標水準,政策金利の長期均衡水準,インフレ率の指標の選択,パラメーターの置き方などによって推計値に差が出るが,現状では7,8%程度との推計が多く,実際の政策金利を大きく上回る。これに対し,金融政策は市場予想に働きかけることで効果を持ち,効果が現れるのには時差もあるので,失業率やインフレ率の実績値に基づくテイラー・ルールは役に立たないという見方もある。ただ,利上げ開始以降も,FOMC参加者のインフレ率と金利の予想値は,結果的には低すぎて,予想の見直しのたびに上方修正を繰り返してきた。FOMCが示す予想に向けて市場を誘導できていないということであり,市場予想への働きかけという観点でも,政策金利の水準は低すぎるという感は否めない。インフレの加速は止まったと見られるが,FOMCが示した予想ほどインフレ率は下がらず,物価は年率5%程度は上がるものだというノルム(社会規範)が定着しているのではないだろうか。一旦定着したノルムを覆すことは容易ではない。
第三の失敗は,最大雇用と物価安定を目標にする金融政策と,金融システムの安定を目指すマクロ・プルーデンス政策は,実際には分離不可能という認識が足りない点である。3月から生じた銀行不安の原因は,個々の銀行のリスク管理の拙さや,銀行に対する監督が不十分だったことだけでなく,金融緩和が長引いたことで金融市場が全般的にリスクを取り過ぎていることにもあるだろう。また,預金流出銀行に対するFRBの資金供給は,FRBの保有資産残高を増大させた。金融不安を抑えるためには,やむをえない措置ではあったが,銀行預金から流出した資金が他の金融市場に回ったことで,FRBの保有資産残高の増大は実質的には量的緩和効果を持ち,利上げの効果を相殺している面もあるようだ。
最大雇用,物価安定,金融システムの安定の同時実現は,もとより容易ではない。特にコロナ禍やロシアのウクライナ侵攻などの予期できなかった事象が生じたことから,金融政策の運営が困難になったことも間違いない。その点では,三つの失敗の責任が全てパウエル議長傘下のFRBにあるとするのは酷だろう。ただ,三つの失敗により,米国経済が景気後退に陥ってもインフレ率は下がりにくく,そうした状況のもとでは金融不安は解消されにくく,むしろ金融市場全般の危機が生じる可能性もあるということは認識しておくべきではないだろうか。
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