世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
対ロシア経済制裁・楽観はまだ早い
(丸紅経済研究所 所長代理)
2023.04.10
「G7と同盟国によるロシア産石油の価格上限設定はうまく機能している」「ロシア1−2月の財政赤字拡大,エネルギー収入46%減」昨年2月以降の経済制裁がロシア経済に否定的な影響を与えていることは確かだし,石油価格上限設定についても冒頭のような肯定的評価が目立つ。しかしロシアが昨年見せた経済的強靭性と社会的団結力を考えると,筆者は以下の点において楽観的になり切れない。
第1に価格上限が設定されたのは2022年12月5日だが,同時期から原油価格は低下傾向にあり,従ってロシアのエネルギー収入が減少しているとしても,それが価格上限設定によるものか,それとも石油価格そのものの低下によるものかが分からないという懸念だ。今後原油価格が回復し,それでもロシアのエネルギー収入が増えないことを確認するまで筆者は安心できない。あるいは価格上限設定が石油価格そのものを抑制する(中国やインドが安いロシア産石油で需要を満たすことで,非ロシア産石油の需給が緩む)というなら,中長期的な石油価格低迷を見届ける必要がある。
第2に財政収支については税収が減少すれば,ロシア政府は国民感情に配慮しつつ,新たな財源を探すだろうという懸念だ。既に2022年11月の法改正により,LNG生産企業には従来税率を上回る企業利潤税が課されるほか,天然ガス・石炭・原油の採掘税が増税となる。また今春ズベルバンク(ロシアの個人預金の半分を保有)も配当としてロシア政府に36億ドル(ロシアの税収の約1%に相当)を支払うという。またロシア政府は原油輸出に際しての課税額の算出基準価格の引き上げ,具体的には算出基準価格を従来のアーガス社発表のウラル原油価格からより高い北海ブレント原油価格に寄せていくことで税収増加(ロシア財務省によれば年80億ドル)を狙っている。背景には「ロシア産原油の輸出価格の多様性(ウラル原油価格が低迷する一方,アジア向けのESPOパイプライン原油などは今でも北海ブレント価格マイナス10ドル程度と相対的に高値で取引されている)」があるようだ。因みにこの変更は昨年11月からロシア財務省が計画していたもので,価格上限設定に対抗して急遽導入された制度ではない。
もちろん税収は無限には拡大できないため,ロシア政府は国債も発行するだろう。では国際金融市場から切り離されたロシア国内にはどの程度の余剰資金があるのだろうか。ひとつの目安になるのは経常収支だ。マクロ経済の決まり事として「国内貯蓄額ー国内投資額≡経常収支」というのがある(≡は恒等式,つまり定義としてこれは常に成り立つ)。ロシア中銀の統計を見ると,エネルギー収入が減少したという2023年1−2月も経常収支は+129億ドルと黒字を維持しており,理論的にはロシア国内には余剰貯蓄が存在するということになる。「前年同期(+377億ドル)比で経常収支が急減」という報道もあるが,昨年2022年のロシアの経常収支はGDP比+12.2%という記録的水準であり,今年はその反動減,という見方もある。因みに2014−2021年の経常収支は平均するとGDP比+4.0%だ。尚,ロシア政府は今年2.5兆ルーブル(約320億ドル)の国債発行を計画しているという。
第3に筆者はロシア国内の戦争支持が更に強まっているのではと懸念している。「誰が何と言ってもクリミアはロシアのもの。歴史的にも実際的にも」「私はウクライナでの戦争に反対しているが,本物のファシストがそこ(ウクライナ)で権力を握ろうとしている。しかしロシアは彼らに勝つだろう」。いずれも最近聞いたロシア市民の生の声だ。特に後者はユダヤ系で常にロシア政府を批判していた知人の言葉だったため衝撃を受けた。かつては戦争に反対だったというズベルバンクのグレフ総裁も今では先述の通り資金面で戦争を支持している。反戦論者がロシアを去り,国家による情報統制が強まっている以上,これは当然の帰結だろう。「戦争責任のない自分たちを苦しめる西側諸国をやっつけろ」といった心情もあると思われる。このような社会的団結も経済制裁の効きを悪くする。
以上の筆者の考えは慎重過ぎるのかも知れない。しかし,いたずらに楽観に走るよりも,謙虚に制裁効果を見極めPDCAを回す方が,ロシアを追い詰める上では有効ではないだろうか。
- 筆 者 :榎本裕洋
- 分 野 :特設:コロナ関連
- 分 野 :国際経済
- 分 野 :資源・エネルギー・環境
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