世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3923
世界経済評論IMPACT No.3923

さほど安くないロシア産原油を買い増す中国の戦略

榎本裕洋

(丸紅経済研究所 研究主幹)

2025.08.04

 「西側の経済制裁によりロシア産原油は安売りを迫られ,中国やインドに買い叩かれている」というのが社会のコンセンサスになっているように感じる。そしてこのコンセンサスの根底にあるのは「BRICSは所詮打算的な集合体であり,G7のような価値観に基づく強い枠組みではない」という考えだろう。しかしこのような考え方は本当に正しいのだろうか。ロシア政府の情報公開が制限される中,ロシア産原油の主要輸入国である中国の貿易統計を使ってその一端を確認してみたい。なお中国の貿易統計は国際貿易センター(世界貿易機関と国際連合の共同機関)のサイトに掲載されたものを利用することで客観性の維持に努めた。

 中国の貿易統計における原油を定義するにあたって,輸出入の際に品目を特定するために使用されるHSコードの27090000(石油及び歴青油(原油に限る))を用いた。これによって中国の貿易統計からロシア産原油輸入量・金額がわかるので,金額を輸入量で割れば単価(輸入なので輸送費・保険料込み)がわかる。入手可能な2005年以降の年次データによれば,ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年以降「ロシア産原油を除く平均単価」が「ロシア産原油の平均単価」を継続的に上回っていることがわかる。問題はその値差である。「ロシア産原油を除く平均単価(US$/バレル)」と「ロシア産原油の平均単価(US$/バレル)」はそれぞれ2022年99.3ドル・92.3ドル,2023年82.7ドル・77.4ドル,2024年80.4ドル・78.3ドルと値差は2022年をピークに縮小が続いている。足元の2025年1~5月貿易統計の平均では「ロシア産原油を除く平均単価(US$/バレル)」と「ロシア産原油の平均単価(US$/バレル)」は73.9ドル・69.5ドルと再び値差が拡大しているが,この間中国が米国から「二次制裁(制裁対象国ロシアと取引することで制裁を科せられること)」の脅しをかけられていたことを考えると,二次制裁のリスクの割に値差が小さいように感じる(二次制裁のリスクがなければ,1ドルでも安い原油を買うことは合理的だが)。中国は2024年にロシア産原油を約8億バレル輸入しており,仮にバレルあたり10ドル安く買えたとしても,それは直接的には中国の経常収支を約80億ドル(GDP比約0.04%)改善するに過ぎない。つまりロシア産原油輸入は二次制裁のリスクが高い割に値段は安くないのでは,と思う。にもかかわらず2022年以降中国はロシア産原油を買い増しており,中国の原油輸入に占めるロシア産のシェアは2021年15.5%,2022年17.0%,2023年19.0%,2024年19.6%,2025年1~5月17.7%と概ね上昇基調だ。なお値差の小ささについて,輸入単価に占める輸送費・保険料の上昇を指摘する専門家もいる。しかし上昇した輸送費・保険料を払い,二次制裁のリスクを冒しながら,中国がロシア産原油を買い増し続ける姿を見るにつけ,BRICS,特に中ロの関係は打算だけではないのでは,と考えざるを得ない。

 そんな中,興味深いニュースが届いた。7月2日,中国の王毅外相は欧州連合(EU)外相に対し,米国が全面的に中国に焦点を移すことを恐れているため,中国はロシアがウクライナで敗北するのを見たくないと語ったと複数の人物が明らかにしたという。これが事実であれば,中ロは打算的関係ではなく戦略的パートナーであるといえる。またトランプ米大統領は7月14日,ロシアが50日以内にウクライナと停戦合意しなければ,ロシアやその貿易相手国に100%の関税を課すとした。そして7月29日,トランプ大統領は50日の猶予を10日に短縮すると明言した。米ロ間の貿易が限定される中,この制裁の注目点はロシアの主要貿易相手国である中国・インド・トルコの対応ぶりだろう。彼らが打算的にロシアを見捨てるのか,それとも戦略的にロシアを支えるのか。結果次第で我々はBRICS観の修正を余儀なくされるかも知れない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3923.html)

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