世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2904
世界経済評論IMPACT No.2904

日本:過去・現在・未来

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2023.04.03

 「日本:過去・現在・未来」,例によって妙なタイトルです。当たり前だけど過去は変えられない。同じことだけど,歴史を変えることも出来ない。でも過去を知ることによって,歴史を学ぶことによって,未来を知ることが出来る。

 平和も経済的繁栄も当たり前のことではない。不断の努力によって,不断の制度的イノベーションによって,維持されてきたのだ。国連もWTOもEUもOECDもG20もG7も,世界平和,世界の安定的発展のための制度なのだ。それぞれの制度の目的達成のためには,不断の努力の積み重ねが不可欠だ。

 林芳正外相は今年3月初めにインドで開かれたG20の外相会合を欠席した。その機会に開かれたG7外相会合も欠席。日本の外務大臣がG20の外相会合を欠席したのは初めてだという。参議院の予算委員会の審議を優先したという。これまでもこういう話はあったが,それは野党の「いやがらせ」が多かったように思う。今回は,自民党側の要請らしい。何を考えているのか分からない。赤坂太郎風に言えば,「慢心病」におかされた小者たちが蠢動したのか。政治家の質は有権者の質を反映すると言う。さて,どうすればいいか。

 話変わって,政策のタイムスパンを考えることは大切だ。例えばエネルギー政策。現下の世界情勢の下では,短期的に原子力発電に頼るのは仕方がないだろう。しかし,原子力発電所の新設は理解できない。安全性を最優先にと言うが,大昔,原発を造るときも安全で安いと言ったではないか。百歩譲って安全になった原発が出来るとしても,「核のゴミ」をどう処理しようというのだろうか。政治家には,長期的エネルギー政策の哲学・ビジョンを国民に説明する責任がある。

 大きく言えば,政策哲学の問題だ。自然を征服するか,自然と仲良くするか。近代化によって,技術の進歩によって,自然災害の脅威は克服できるという考え方もあるだろう。一方,自然を畏怖し協調して生きる方がいいという考え方もある。樹齢何千年という巨木に神が宿ると考える人もいる。筆者は後者だ。

 これまで結構長く発展途上国の経済や開発政策を勉強してきた。開発政策のトレンドを振り返ると,少し前までのIMFのコンディショナリティは,「経済運営を市場に任せて自由化すれば」経済発展はうまく行く,というものだったように思う。経済を自由化し,市場に任せれば経済がうまく行くというものでもないし,産業政策を推進すれば工業化が進み経済が発展するというものでもないだろう。

 貧しい国の経済発展の目的は,経済成長率の最大化だけではない。Growth with Equityだ。社会の安定は持続的経済発展の為の必要条件だ。

 戦後日本の経済成長を考えても,戦争によって多くの物的資本が破壊されたが,多くの心ある人びとは戦後復興のために奮闘した。たとえば,昭和20年8月16日,大来佐武郎は戦後日本の復興を議論する会合を召集している。

 いろいろなところに書いているが,昭和29年(1954年)8月,日本の大蔵省は『今後の経済政策の基本的考え方』を出している。そこでは「コストの引き下げと雇用の拡大ということは相いれざる矛盾であるかに見えるけれども,この二つの要請を同時に達成することは,容易ではないにしても決して不可能ではなく,この点を解決して進むことこそ今後の経済政策の目標である」と述べている。

 「クズネッツの逆U字仮説」は常に成り立つものではないが,一般的命題かのような誤解が流布していたかもしれない。もし一般的命題なら,効率の追求と分配・雇用の追求はトレード・オフの関係にあり,一定の発展段階までは成長や効率を追求すると,所得分配や雇用状況は悪化してしまうことになる。しかし,日本のみならず一般的には東アジアの経験は効率の追求と分配の改善が両立した好例だと考えられる。「成長・効率と公正の追求(growth with equity)」は,上の大蔵省の報告書にあるように難しいが両立可能な政策目標だと思う。このような的確な政策目標が日本政府によって1950年代半ばに明らかにされていたという事実を我々は忘れてはならない。

 経済構造の流動性も大切だ。自由競争によって格差が生ずるのは仕方がない。しかし,格差の固定化,階級の固定化は経済の活力を失わせる。不断の構造変化がないと経済の活力は失われるだろう。日本経済の「失われた30年」も構造変化,構造調整がうまく行かなかったからだ。権力の長期化も社会構造の固定化につながる。いったん権力者になると,その地位を手放すのは難しいのかも知れない。「権力の味は蜜の味」なのだろう。第三者が歴史を振り返れば「なぜ早く権力の移譲」が出来なかったのだろうかと思うことも多い。例えば,インドネシアのスハルト政権は32年も続いた。Ifを言っても詮ないが,スハルトが20年,25年で後継者に権力を移譲したら,より幸せな人生を送ることが出来ただろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2904.html)

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