世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2898
世界経済評論IMPACT No.2898

1人当たりGDP,アジアNIEsを下回った日本の再起:22年に日台逆転,翌年には韓国に抜かれる

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2023.03.27

アジアNIEsを下回った日本の1人当たりGDP

 本稿は,前掲の「なぜ台湾は韓国に負けたのか?逆転はあるのか?:台湾の“中小企業経済”VS. 韓国の“財閥経済”」(No.2877)および「1人当たりGDP,台湾は韓国を越えたのか?:なぜ日本は台湾に逆転され,韓国にも抜かれるのか」(No.2885)に続くものである。

 日本経済研究センターによると,2022年(推計値)に台湾の1人当たりGDPは,日本のそれを凌駕し,それ以降に定着するようになった。また,2023年(推計値)には韓国が日本を越えた。その結果日本は,アジアNIEsのシンガポール,香港,台湾と韓国を下回わる“凋落”が鮮明となった。

 近年,日本は低金利政策の持続による円安傾向が顕著になり,ドル換算の1人当たりGDPの低下を招いた。しかし,韓国のウォン,台湾の台湾元(NT$)も対ドルで下落しており,日本の場合円安だけで片付けられない根本的な“何か”があると考えられる。日本経済研究センターによれば,時間当たり労働生産性(就業1時間当たり付加価値)で日本が49.5ドル(2020年)であり,アメリカの6割程度に過ぎない。また,OECD加盟38カ国のうち,日本は2019年の21位から2020年には23位に順位を下げていると指摘した。

 一方,昨年10月,ドイツ保険業大手のアリアンツグループ(Allianz)は,『グローバル・ウェルス・レポート2022(Allianz Global wealth Report 2022)』を公表した。これによれば,2021年の1人当たり金融総資産で,台湾は16万4,610ユーロ(約2,308万円)と,調査対象57カ国のうちスイス,アメリカ,デンマーク,スウェーデン,オランダ,カナダ,シンガポール,オーストラリアに続く9位であった。アジアではシンガポール(17万3,610ユーロ)に次ぐ2位である。なお,日本は14位,韓国は22位である。債務負担を除く1人当たり純資産では,台湾は13万8,220ユーロ(約1,940万円)で,アメリカ,スイス,デンマーク,スウェーデンに次ぐ5位である。なお,日本は13位,韓国は23位であった。同レポートの結果から,台湾の1人当たり総・純資産が日本と韓国を越えたことがわかる。1人当たり資産の減少は日本の経済的優位の後退を意味する。ショッキングな結果と言えよう。

ノーベル経済学者・クズネッツの警句

 1971年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者サイモン・クズネッツの警句で知られているのは,「世界には,4つの国しかない。先進国と途上国,そして日本とアルゼンチンである」。この言葉は,マクロ経済学の大家から見て,途上国から先進国入りした日本と,先進国から途上国に転落したアルゼンチンが例外的存在だったということを意味している。経済学の世界で広く知られるこの言葉は,今や日本人にとっては軽視できない警句になりつつある。また,有名な童話「ウサギとカメ」の話で,「何故ウサギ(日本)はカメ(アジアNIEs)に負けたのか。どのようにしてカメはウサギに勝てたのか」。ウサギが油断して昼寝(バブル以降の不況修復に遅れ)をしている間に。カメはコツコツと歩みを進め,ウサギを追い抜いてしまったということである。今の日本は“ウサギ化”した結果,“アルゼンチン化”に向かってしまっているだろうか。

労働生産性が低い

 日本の1人当たりGDPの増えない要因の1つは,小泉政権時代(2001~2005年)に,日本の人件費が高いことを理由に,日本の大企業は次々と中国に投資するようになったことがある。また,経済界から非正規雇用者(派遣労働者)の容認を受け,企業は非正規雇用者を大量に採用するようになった。非正規雇用者を採用した場合,退職金や年金の負担を必要としない“メリット”があるが,これを長期に実施した場合,1人当たりGDPは増えなく,デフレスパイラルに墜ちやすい構造になる。他方,バブル経済の崩壊以降,20年以上に続く不況の中,労働組合側も正規雇用者の“雇用確保”という視点から,非正規雇用者の採用を“容認”した。しかし,長期に非正規雇用者を採用した場合,技術の伝承ができなく,従業員が定年を迎えると,持っている技術は“蒸発”するという重大な問題が生じる。また,生涯にわたる正規労働者と非正規雇用者の賃金格差が拡大するような仕組みが定着するようになった。バブル崩壊以降,正規雇用者の賃上げも鈍り,経営者は労働生産性の向上や経営の効率化追求の圧力が減り,合理化への努力も“ぬるま湯体質”へと変質していった。

内部留保が高い

 財務省が2022年9月に発表した法人企業統計によると,2021年度の企業の内部留保は前年度比6.6%増の516兆4,750億円であり,2017年以来の高い伸び率となった。 業種別では製造業が前年よりも10.9%増となり,非製造業でも4.4%増の伸び率となっている。

 内部留保を高める方策は,「人件費を減らす」,「配当を減らす」,「利益を大きくする」の3つがある。「人件費を減らす」は,正規労働者を最小限にとどめ,替わりに非正規労働者の採用による人件費の圧縮である。本来,内部留保を増やす手段は「利益を大きくする」であるべきである。しかし「人件費を減らす」ことは,内部留保を持ちながら従業員に給与として利益を還元しないとう結果に結びついた。

 下記の参考文献で述べた台湾海運業大手の「エバーグリーン」の2021年末のボーナスは平均40カ月,2022年末のボーナスは45カ月~52カ月の平均50カ月であった。さらに,2023年3月には再び10~11カ月の年中ボーナスを追加した。2022年度末だけで合計で約60カ月のボーナスが支給されることになる。エバーグリーンは純利益額の5%を従業員のボーナスに分配すると規定した。逆に経営赤字の場合は,ボーナスはゼロとなっており,労働組合との激しい交渉は不必要となっている。日本企業の場合,ドングリの背比べで,他社の様子を見ながら小出しにボーナスを決める。台湾の場合,他社のことは関係なく,自社の純利益が高いと高いボーナスを提供する。当然,高いボーナスが得られる企業に優秀な人材が集まる。

 内部留保は必ずしも悪いことではなく,内部留保が多い企業がコロナ禍のリスクに耐え,結果として内部留保が企業の財務を支えた。しかし,その弊害は,日本の1人当たりGDPの伸びが低いことに結びつくことである。また,正規労働者が安定志向で,利益(給与)が還元されないにもかかわらず内部留保が高いことに異を唱えないことも背景にある。その結果,日本の1人当たりGDPは台湾と韓国のそれに負けてしまった。

DX導入の遅れ

 DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは,進化したIT技術を浸透させることで,人々の生活をより良いものへと変革させるという概念のこと。コロナ禍の真最中に,台湾ではデジタル担当大臣の唐鳳(オードリー・タン)氏が薬屋在庫の「マスクマップ」や「ワクチン接種の予約システム」などを開発し,迅速に対応しているのに,日本はマスクの不足や給付金の配布に手間取っていた。日本の場合,マイナンバーカードがあれば住民票や戸籍などの書類をコンビニエンスストアでも取得できるようになったが,無い場合は同じ自治体の役所や郵便局での取得に限られる。台湾では,全国どこの役所でも戸籍謄本や住民票などが申請できる。要するに,台湾の場合,例えば北海道に移住した人は,北海道の役所で九州の実家の戸籍謄本などの申請ができることを意味する。現在,日本では「県を越えた」申請の利便性でも台湾に劣っており,改善の余地がある。

隠れたチャンピオンの継承と育成

 日本では少子高齢化に向かい,現存する中小企業や零細企業の“隠れたチャンピオン”は後継者不在による廃業の危機に晒されている。こうした事態に対して行政は,政府内部に担当部署を設け,「隠れたチャンピオン」の継承者や継承すべき技術を引き継ぐ企業の発掘を支援する必要がある。また,企業に「隠れたチャンピオン」の育成方策や,ドイツの「マイスター制度」を真似て,工場マイスターと独立マイスターを導入し,一定の地位や所得の保障し,宮大工など日本の伝統文化や技術の伝承と育成も強化する必要があると思われる。

[参考文献]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2898.html)

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