世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
なぜ台湾は韓国に負けたのか?逆転はあるのか?:台湾の“中小企業経済”VS. 韓国の“財閥経済”
(九州産業大学 名誉教授)
2023.03.13
台湾と韓国における経済発展の競争
2022年12月,日本経済研究所の論文「1人当たりGDP,2022年日台逆転:2023年には韓国に抜かれる,円安と低い労働生産性で前倒し」が発表された(参考文献を参照)。日本は経済成長の停滞によって,1人当たりGDP(国内総生産)は2022年に台湾に抜かれ,2023年には韓国にも追い越されるという推計結果が得られたという。
1970年代以降,アジアNIEs(新興工業経済地域)の台湾,韓国,シンガポールと香港の経済発展が注目されるようになった。そのうち,シンガポールと香港は「都市国家」(厳格に言えば,香港は“国家”ではない)で,農業部門を持たないために,1人当たりGDPは高めで,旧宗主国のイギリスや日本を既に凌駕した。日本経済研究所の推計によると,シンガポールの1人当たりのGDPは2007年に一度,日本のそれを上回り,2010年以降は完全に日本を凌駕した。一方,香港の1人当たりGDPは2014年以降,日本を完全に上回った。アジアNIEsで残る台湾と韓国も,1人当たりGDPで日本を凌駕したという推計がある。筆者は現時点ではこの推計の妥当性について判断を保留するが,いくつかのファクツを紹介したい。
もっとも,このような論議があること自体,日本は既にトップクラスの先進国ではなく,アジアNIEsと言われる諸国にも負ける“普通の先進国”に“凋落”したことになる。小稿は主に台湾と韓国の経済発展の比較にスポットを当て,2000年以降に韓国の1人当たりGDPが台湾のそれを凌駕したことを紹介する。次週,後編の経済レポートでは,台湾の1人当たりのGDPが韓国のそれを再び逆転した(一時的に逆転ができた)ことを紹介し,日本の“凋落”からの挽回策についてコメントを付す予定だ。
台湾と韓国は同じくアジアNIEsとして,常に比較の対象になるが,この2つの国家は次の3つの核心的な要因により,発展のスタイルが異なっていた。
(1)企業形態:韓国は財閥主導の「財閥経済」で,政府は常に財閥に補助金を提供し,共同で産業の発展を推進してきた。他方,台湾は中小企業を主とする「中小企業経済」のため,資金と経済発展の資源が分散し,推進力を集中させられない。しかし,多くの中小企業の中には,切磋琢磨の競争で勝ち残り,後には大企業に成長したものも多くある。
(2)中国の影響:台湾は同じく中華文化(中国語を使用)のため,中国への投資に中国語の使用ができることから参入コストが低い。しかし,台湾は常に中国からマイナスの影響も蒙っている。中国企業が頭角を現した背後に,それ以降の韓国企業の停滞があり,これについては後で述べる。
(3)人口規模:韓国の人口数は2022年で5003万人,台湾は同・2326万人である。韓国の人口と国内消費の市場規模は凡そ台湾の約2.5倍になる。それによって,韓国は製品のブランド化および海外輸出によるブランドの国際化が台湾に比較して容易である。しかし,逆に韓国は台湾に比べて部品やOEM・ODMを徹底的に実施することが少ない。
この3つの要因は,その後の台湾と韓国の経済競争の主な変数になった。
第1ラウンド:朝鮮戦争の影響で,韓国が台湾に遅れ
朝鮮戦争以降,朝鮮半島は大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の2つに分断された。戦争によって多くのインフラ設備が破壊された韓国は,復興に時間が掛ったため,産業発展のスタートは台湾よりも遅かった。双方とも1950年代の輸入代替工業化,1960年代の輸出志向工業化,1970年代の重化学工業化,1980年代以降のハイテク産業の育成をステップ・バイ・ステップで推進してきた(台湾について参考文献を参照されたい)。韓国の1人当たりGDPが台湾を越えるのは2003年頃である。
第2ラウンド:“中小企業経済”VS. “財閥経済”
2003~2015年頃には,台湾と韓国は経済競争の第2ラウンドに入った。2003年頃,韓国の1人当たりGDPはようやく台湾を凌駕し,以降持続的に拡大した。明らかに,第2ラウンドは韓国が“勝ち組”で,台湾は“負け組”であろう。その理由は,前述の3つの要因によるものであった。
韓国は重化学工業の鉄鋼産業,石油化学産業,造船産業,自動車産業および家電産業などの領域で,「日本株式会社」の発展パターンを模倣し,日本の鉄鋼,石油化学,造船などの産業に大きな打撃を与え,サムスン電子,LGなどが液晶テレビなどで日本の家電産業の市場シェアを奪うようになった。
韓国経済発展の成功の理由は,重化学工業の推進に大量の資金を長期にわたり投入し,“強いものは,ますます強くなる”という規模の経済効果を享受した財閥経済が,重化学工業分野で強みを発揮することができたことによる。
この期間中の韓国の成功は,これらの産業が国際市場に邁進し,増々勢いをつけたため,台湾の中小企業ではそれに対抗することはできなかった。石油化学産業では台湾プラスチック(FPC)グループ,液晶パネル産業の友達光電(AUO),群創光電(イノラックス)など限られた企業だけが互角に競争できるに過ぎなかった。また,この時期に台湾がRCEP(地域的な包括的経済連携)やCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)に加盟を検討することに対し,中国がそれを妨害したため,台湾は韓国のように低い貿易関税の競争に不利益を蒙るようになった。
他方,この時期に台湾の中小企業は,中国の安価な人件費と土地を求めて,海外直接投資(FDI)を積極的に推進した。そのうち,鴻海(ホンハイ)のようにアップルのスマートフォンやパソコンの組立に携わることで,世界最大のEMS(電子製造サービス)企業になった企業もある。日本では鴻海とその創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)は,シャープと東芝のパソコン部門を買収したことでも良く知られている。鴻海のほか,宏達電脳(クアンタ),仁寶電脳(コンパル),英業達(インペンテック),緯創資通(ウィストロン,和碩聯合科技(ペガトロン)などは台湾を代表とするEMS企業である。
これら対中FDIを実施した企業の一部は,世界有数の企業までに成長したが,台湾での労働者不足から,拠点を中国に移した結果,逆に台湾の経済成長に負の影響を与える原因にもつながった。
[参考文献]
- 富山篤,田中顕「1人当たりGDP,2022年日台逆転:2023年には韓国に抜かれる,円安と低い労働生産性で前倒し」公益社団法人・日本経済研究センター,2022年12月14日付。
- チャルマーズ・ジョンソン著,佐々田博教訳『通産省と日本の奇跡:産業政策の発展1925-1975』勁草書房,2018年。
- 朝元照雄『現代台湾経済分析』勁草書房,1996年。
- 朝元照雄『開発経済学と台湾の経験』勁草書房,2004年。
- 朝元照雄『台湾の経済発展』勁草書房,2011年。
- 劉進慶・朝元照雄編『台湾の産業政策』勁草書房,2003年。
- 朝元照雄・劉文甫編『台湾の経済開発政策』勁草書房,2001年。
- 渡辺利夫・朝元照雄編『台湾経済読本』勁草書房,2010年。
- 渡辺利夫・朝元照雄編『台湾経済入門』勁草書房,2007年。
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