世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2847
世界経済評論IMPACT No.2847

台湾戦争介入で日本人は地獄を見る

立花 聡

(エリス・コンサルティング 代表)

2023.02.13

失うばかり,得るものは?

 前掲のコラム(2023年2月6日付No.2833)では,日本が台湾戦争に介入した場合に生じる経済的,政治・外交・軍事面で蒙り得るダメージは,いずれも日本の国力で耐えられないものであり,場合によっては致命的とも言える。では,台湾戦争に日本が介入する意義とは何か。「台湾有事は日本有事」という前提があって,その「日本有事」をいかに「日本無事」に切り替えるか,これが日本にとって第一義的な戦略選択ではないだろうか。

 まず日本人に理解すべきは,中米台日という4当事国にとっての敗戦はその結果が異なることである。

 まず,中国にとっての敗戦は,国土の喪失を意味し,台湾統一大業の敗北であり,共産党政権の倒壊にも至り得る。戦争にあたっては,中国はあらゆる逃げ道を自ら断ち,背水の陣を敷くだろう。その悲壮感から,孫子の兵法にある「哀兵必勝」という言葉を想起する。敗戦の悲哀を知る兵隊ほど強く,勝利するという法則だ。しかも,最後の最後に,負けを受け入れるよりも核を使用する選択肢も残されている。

 次に,アメリカにとっての敗戦は第一列島線の喪失を意味する。そこで何としてでもグアム,第二列島線の保全を図り,あっさりと損切りする。最悪のシナリオ,中国が台湾または日本に核を使用した場合,アメリカは他国のために核を打ち返すかといえば,それはあり得ない。ウクライナ戦争で証明されたように,アメリカは公式派兵すらしない。他国のために第三次世界大戦を受け入れるはずがない。

 では,台湾が負けた場合はどうだろう。台湾は中華人民共和国の省または特別行政区になる。中国とは同じ言語・文化を共有する同族として,日本人と違って,台湾の陥落を「統一」という概念で捉えることもできる。中国による経済封鎖やライフラインの破壊によって島内の分断が起き,早期段階において降伏する可能性もなくはない。台湾島内においてもすべてが独立派ではない。最悪の敗戦よりも,中国の統治を受け入れるのも現実的な選択肢という捉え方もあってしかるべきだ。

 最後に,日本が敗戦した場合の結果が最も深刻である。まずは中国国民の対台感情と対日感情が全く異なる。二度目の侵略戦争という認識の下で,核の使用を含めて,日本に対するあらゆる強力な攻撃も民意に支えられ可能になる。敗戦した日本は,中国による間接的な支配を受ける可能性が高い。特に教育面,学校では中国語の授業が入るだけでなく,教科書の編成も検閲下に置かれるだろう。

 もう1つの要素は,ロシア。ロシアは中国の台湾武力統一に明確に支持を表明した以上,中国の「後方支援」として北海道に何らかの行動を取り,日本の戦争介入を牽制することもあり得る。さらに北朝鮮も待ち構えている。既にウクライナ戦争でロシアを敵に回した日本は,西南北の3方向だけでなく,ロシア艦隊が太平洋に回った場合,完全包囲される状態に陥る。日本は対応できるのだろうか。考えるだけで鳥肌が立つ。中露北朝鮮は全員核保有国であることも忘れないでほしい。

 深刻な結果を避けるために日本が取り得る戦略は「台湾戦争不介入」,あるいは中台平和交渉の仲介役を引き受けるのも悪くない選択だ。日本の中立姿勢は,実は米中の両方と駆け引きする上でも強いカードになる。ただ,今の自民党政権では無理だろう。

 米海空軍で大量の武器装備が2026年に退役する。それまでに賞味期限ギリギリの武器装備を台湾や日本に買わせ,他国を犠牲にして中国と戦わせ,中国の国力を消耗し,中国が米国を経済的に軍事的に追い抜くのを引き伸ばす。アメリカとって「一石二鳥や三鳥の戦争だ」と台湾メディアは伝えた。

 非理性的な対米追随は,いわゆる戦後保守政治の符号になったうえで,懐疑どころか,議論すら許されていない。さらに,日本人の対中感情が悪い。これは中国の「非民主性」に対するイデオロギー的な拒絶感でなく,中国の国力超越に対する日本人の「妬み」にほかならない。善悪の価値判断が先行し,事実認識ができなくなり,本能的な嫌悪感が日本人の理性を奪ったのである。

 日本と台湾の友好関係は,歴史的つながりに起源する部分は確かにある。ただ,拡大しすぎてはいけない。むしろ,共に中国からいじめられてきたところ,「同病相憐れむ」の部分が大きいのではないか。これも非常に情緒的である。付け加えると,地震や自然災害時の義援金寄付行為と戦争介入・支援は全く次元が違う。一緒にすることは非常に危険だ。

 台湾人も同じ。日本人の情緒的な,時には無責任な言説を感情的に過信してはいけない。もっと理性的に,主体的に考え,状況判断し,意思決定を行うべきだろう。台湾も日本もアメリカの手駒だが,決して捨て駒になってはいけない。

 先日,私があくまでも仮説として,「日本が台湾戦争に介入してもし勝ったら,ご褒美として台湾再占領でもできたら,戦う価値があるかもしれない」とフェイスブックに投稿したら,とある台湾人がコメントしてきた——。「台湾が日本の属国になるのはいいが,日本がアメリカの属国だから,属国の属国になるのは絶対に嫌だ」

 実は中国人が日本を見下している理由もだ。「アメリカの属国のくせに偉そうな顔しやがって,アメパパのケツでも舐めてろ」と。返す言葉がない。戦後の日本,自民党を含めて,主流である親米保守は,偽保守である。愛国者ならぬ害国者の一面も現れつつある。

 戦後日本最大のタブーとされる「指揮権密約」がある。つまり,「戦争になったら,自衛隊は米軍の指揮下に入る」という密約のことだ。それはアメリカの公文書(注:獨協大学の古関彰一名誉教授が発掘し,1981年5月22日号と29日号の『朝日ジャーナル』で記事にした)によって,完全に証明された事実なのだ。占領終結直後の1952年7月23日と,1954年2月8日の2度,当時の吉田茂首相が極東米軍の司令官と口頭でその密約を結んでいる。

 戦時指揮権が米軍にあるならば,日本の台湾戦争介入も,捨て駒になることも確定だ。憲法9条はそもそも無意味だ。

日米安保条約も日中共同声明もただの紙くず

 米国の戦略国際問題研究所(CSIS)の台湾戦争シナリオ(2023年1月9日発表)では,日本が戦争に介入した場合の戦闘機や艦船の損失を具体的な数字で示した。しかし,日本人の犠牲者数は一切公表されていない。

 「なぜか?」,2つの理由がある。理由その1は,死亡者数をみて日本人は躊躇し,引いてしまうからだ。理由その2,日本人が何人死のうとアメリカの知ったことじゃない。日本の負けがはっきりしていたにもかかわらず,広島と長崎に2発も原爆を落とした国はアメリカだ。日本人の死者数などは単なる数字にすぎない。昨今のデジタル時代ではなおさらだ。

 アメリカはそんな冷酷無比な国なのか? いや,そうではない。それは普通の国だ。どうしても冷酷というのなら,単に日本人がナイーブすぎるからだ。

 それでも,日米安保条約があるのではないか。国際条約は国家間の文書で法的拘束力があるという認識はまず実務的に間違っている。契約に法的拘束力があるのは,裁判だけでなく,最終的に強制執行手続によって担保されているからだ。

 国際条約も国際法も強制執行手続を担当する機関は存在しない。あるとすれば,大国による自称正義維持のための暴力,つまり戦争である。日本は能動的に戦争を発動する権利がなく,核も保有していないため,国際条約を破棄されても,救済を求める道はない。言い換えれば,日本はまさに憲法に謳われているように,「平和を愛する諸国民の公正と信義」,他人の道徳や善意に頼って幻の平和を享受しているのだ。

 国際条約は,自国の利益に反していれば,拘束力がない以上,実務的に破棄してしかるべきだ。マキアヴェリズムの目線からすれば,国際政治において,公正や信義は,自国利益が損なわれないことを前提とする。だから,アメリカが特に冷酷ということはない。

 自国の利益が損なわれるとは,どの程度のものか。国際政治における「損益分岐点」を政治家がつねに計算している(日本は例外)。

 台湾や日本を守るために,アメリカが受け入れられるコストの上限を見極める必要がある。米兵数千や数万人が死んで,空母を数隻沈め,戦闘機は数百機撃墜されてもアメリカは日米安保条約を守り,戦ってくれるとでも思っているのか。ましやて,中国が核使用した時点で,アメリカは中国本土に向けて核ミサイルを飛ばし,第三次世界大戦になっても最後まで戦ってくれるとでも思っているのか。

 アメリカの正義は,すべてハリウッド映画に凝集されている。それ以上求めてはいけない。

 日本が台湾戦争に介入し,「1つの中国」政策を放棄する。その性質も同じ,日中共同声明や日中平和友好条約の破棄を意味する。述べてきたように自国利益のためなら,国際条約の破棄はあってしかるべきだ。しかし,中国と戦争するのは日本の国益になるのか。あるいは逆に国益の毀損にならないか。議論が必要だ。日本では,この議論がタブーとされている。

 トム・ティファニー米下院議員(共和党)が2023年1月15日,台湾を独立国家として認めるよう米政府に促す決議案を提出した。決議案では,米大統領が時代遅れの「1つの中国」政策を放棄し,台湾が中国に統治されていない,中国領土の一部ではないといった客観的な事実を認める政策を後押しすべきだと訴えた。

 台湾戦争に介入するには,まずは台湾の国家承認が前提だ。国際法上,台湾は中国の一部,つまり中華人民共和国の領土になっている。「1つの中国」政策を取りながら,いわゆる「台湾防衛」に踏み切るのは自己矛盾だ。「1つの中国」政策を否定するなら,日米が揃って中国と締結した国際条約を破棄する手続きが必要だ。

 国際条約は紙くずだ。他者から破棄されたときの損害,そして自分から破棄した場合の利益,という損得勘定をしっかりしたうえで,紙くずでもとりあえず立派な額縁に入れて飾っておこう。ただ,芸術品であるから,拝んではいけない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2847.html)

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