世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4170
世界経済評論IMPACT No.4170

第一列島線が静かに外された日:聯合早報だけが書いた「台湾平和統一」

立花 聡

(エリス・コンサルティング 代表)

2026.01.19

 2025年12月,台湾をめぐる「平和統一」という言葉が,静かに紙面に載った。発信したのはシンガポールの主要華字紙「聯合早報」だけである――「台前副防长:特朗普与习近平将协议两岸和平统一」(2025年12月19日)。英語圏にも,日本語圏にも,同水準の含意をもってこのテーマを扱った記事は見当たらない。この一点だけで,すでに異変は始まっている。

 第一に,なぜ聯合早報の記事が唯一なのか。理由は情報量ではなく,立ち位置にある。聯合早報は中国中枢に近い情報環境とアクセスを持つ。一方で,英語圏メディアのように「公式確認がなければ書けない」という制約も,日本メディアのような政治的踏み絵も相対的に弱い。つまり,合意文書に至らない「空気の変化」や事前調整の兆しを,断定せずに書けるほぼ唯一の媒体なのである。情報が存在しないのではない。書ける場所がないのだ。

 第二に,それが何を意味するか。この記事は合意を報じたものではない。意味するのは,米中の間で台湾問題をめぐり,武力衝突を回避する方向で前提条件がすでに動き始めている可能性である。独立は認めない,武力は使わない,時間をかけて現状を変える(和平統一)。この最低限の線引きが,水面下で共有され始めているかどうか。その兆しを,聯合早報は最小限の言葉で示した。

 第三に,記事内容の大筋。核心は三点に集約できる。一つ目,中国側が武力統一よりも平和的手段を現実解として前面に出し始めていること。二つ目,それが米国の戦略的利益と必ずしも正面衝突しないという含意。三つ目,台湾自身が交渉主体ではなく,大国間の秩序管理の対象として扱われている現実である。ここに価値論や理想論はない。あるのはコストと管理の論理だけだ。

 第四に,トランプの発言が与える補強効果である。1月以降,トランプは「台湾問題は習近平がどうするか決めることだ」「自分の任期中に武力奪取はないだろう」といった趣旨の発言を繰り返している。これは米国の公式政策ではない。しかし,米国大統領経験者であり,現に権力中枢にいる人物が,介入意思を意図的に曖昧化したという事実は重い。ここに安全保障保証はない。前提条件の静かな変更があるだけだ。

台湾も日本も捨てられた

 さらに見逃せないのが,グリーンランド取得宣言である。これは突飛な思いつきではない。北極航路・資源・ロシア牽制を含む,西半球と北極圏を米国の管理圏とする意思表示だ。ここで重要なのは,同時に東半球の管理責任を引き受けない姿勢が露骨に示された点である。

 これらを線でつなぐと,一つの構図が浮かび上がる…・。米中は,明文化しないまま,東西半球の分割管理へ向かっている。西半球と北極圏は米国。東アジアは中国。これが,事実上のG2体制である。

 この文脈に置くと,聯合早報の「平和統一」は突発的な観測ではなくなる。第一列島線は,防衛ラインではなく交渉カードに変質した。米国がそれを守らないと決めた瞬間,台湾は緩衝帯ではなく,処理(取引)対象になる。そして同時に,日本の戦略的地位は意味を失う。第一列島線が消えた世界で,日本は抑止の要でも,交渉の梃子でもない。同盟は残っても,戦略的必然は消える。残るのは基地とコストだけだ。

 では,日本と台湾から見て何が起きているのか。結論は冷酷だ。捨てられたのである。感情的にではない。戦略的に,静かに,説明もなく。台湾は生存合理性で適応し,中国は秩序管理として統一を進め,米国は関与を最小化して自らの勢力圏に集中する。そのとき日本だけが,「第一列島線は守られる」という過去の前提に取り残される。

 最後に結論を述べる。聯合早報の記事は未来を断定するものではない。しかし,前提条件がすでに変わったことを示すには十分すぎる重さを持つ。信じるための記事ではない。設計を変えるための記事である。この兆しを無視する国と,前提として組み込む国。その差は,数年後に決定的なものになる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4170.html)

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