世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2822
世界経済評論IMPACT No.2822

「ウォール・ストリート」と「メイン・ストリート」

小浜裕久

(静岡県立大学 名誉教授)

2023.01.23

 いつもの様に「ウォール・ストリート」と「メイン・ストリート」という妙なタイトルです。思いの丈は,「ウォール・ストリート」は「メイン・ストリート」に奉仕する制度だということです。バブルの頃,ある専門商社は「財テク」で大きな利益を上げ,経営者がマスコミでもよく取り上げられたけど,結局,会社は左前になった。金融システムは経済の安定的発展に重要な制度だが,ソフト・インフラの一つなのだ。インフラにはインフラの使命がある。「ウォール・ストリート」は「メイン・ストリート」をうまく機能させるのが役割なのだ。人々がすべて,銀行員や証券マン,あるいは大学教授だけの世界は存在できない。

 普通に生活できるなら,自由主義,民主主義の方が権威主義体制よりいいことは論を俟たない。あした食べるものがないといった極貧を経験した人は,あしたの食べ物の心配がないなら,自由主義だろうが民主主義だろうが権威主義だろうが,政治体制なんかどうでもいいと思うだろう。

 社会主義体制より資本主義体制がいいことも議論の余地はないと思う。自由で民主的な国は,21世紀の今,少数派だという。でも権威主義体制は,構造的矛盾を抱えていると思う。自由で民主的な国であれ,権威主義の国であれ,政治の安定のためには持続的経済成長が不可欠。庶民が着実に豊になっていることを実感できることが肝要だ。そのためには社会の安定は必要条件だろう。そのためには権威主義体制の独裁者も,大衆の生活向上,着実な所得増加を実現しないと,政権の安定が脅かされる。

 持続的経済成長によって,庶民が経済的に豊になれば,人々は自由を求めるだろう。いまでは,少し経済的余裕が出来れば,誰でもインターネットにアクセス出来るし,SNSで電子的に井戸端会議もできる。貧しい国の庶民もアメリカの中流家庭の生活を知ることも出来る。中国内陸の寒村の人たちも,上海の富裕層の生活を知ることも出来る。

 資本主義体制の最大の問題は格差問題だ。格差がいけないとは思わない。しかし格差の固定化はいけない。階級があってもいい,でも,階級の固定化はだめだ。どんなに貧しい家に生まれても,本人の能力と努力次第で豊かになれる社会,社会的地位を手にすることが出来る社会,そういう社会がいい社会だと思う。2011年,「ウォール街を占拠せよ」という大衆運動が起きた。彼らのスローガンは"We are the 99%"だった。所得格差,資産格差のスローガンだ。かつて,そう150年くらい前,アメリア横断鉄道が開通した頃,ウォール街の投資銀行家は尊敬の対象だった。彼らは,自分でリスクをとって自己資金もアメリカの経済発展に必要な部門に投資したのだ。

 時代により,国際環境により,経済発展の動きは違ってくる。プーチンのウクライナ侵略によって世界経済の様相は大きく変わったが,基本的に「Growth is good for the poor」であり「Globalization is good for economic growth」だと考えている。「Deglobalization」が進行していると言う論者も多い。グローバリゼーションの構造が変化していることは事実だ。アメリカのイエレン財務長官の言う「friend-shoring」,同盟国,友好国とのサプライチェーンを強化・再構築しようという考えは分かる。短期的には経済合理的な政策と言えるだろう。しかし,産業政策であれエネルギー政策であれ,短期・中期・長期の視点が必要だ。

 ロシア経済は中国への依存を高めつつある。とはいえ中国は人口減少が始まり,高齢化社会の進行がボディブローのように効いて,かつての高度成長はもはや望むべくもない。アリババのJack Maに対する中国共産党の圧力を見ると,中国経済の先行きも楽観できない。経済発展の主役は民間部門のダイナミズムであり,アニマルスピリットだ。国営企業で効率的な経営をしたのは韓国の浦項綜合製鉄(POSCO)くらいか(もちろんいまでは民間企業だ)。世界的企業の生産ネットワークも中国への依存を減らし,ベトナムやインドへの多角化も動き出している。

 ウクライナに対するロシアの侵略戦争が続く限り,世界経済の分断は避けられないが,いかにして停戦に持ち込むか。いかにして分断なき世界を目指すか。われわれが何としても避けなければならないことは,プーチンを追い詰めて自暴自棄にさせないことだ。歴史を思い返して欲しい。1945年3月,敗色濃厚を悟ったヒトラーは,自分の破滅にドイツを道連れにしようと「ネロ命令」,すなわちドイツ焦土作戦を発したのだ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2822.html)

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