世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2745
世界経済評論IMPACT No.2745

温暖化対策はどこへ行くのか:3つの特徴,ウクライナ侵略,米国選挙の影響

鈴木裕明

(国際貿易投資研究所 米国研究会 委員)

2022.11.14

エネルギー源不足と価格高騰で欧州の温暖化対策が一部逆転

 11月6日からエジプトで,国連気候変動枠組み条約第27回締約国会議(COP27)が開催されている。しかし,昨今の温暖化対策をめぐる状況はむしろ厳しさを増している。

 ロシアによるウクライナ侵略によりロシア産天然ガスなどのエネルギー源が不足,折からの価格高騰を一層加速させて,それが温暖化対策の牽引役だった欧州の動きを一部逆転させている。具体的には,入手可能で比較的安価な石炭の利用が増える中で,ドイツを含むいくつもの国で,石炭火力発電再稼働の動きも見られるようになっている。エネルギー源不足と価格高騰は,「EUタクソノミー」(EUにおける企業・投資家向けの持続可能な経済活動の定義)への,原発や天然ガスの繰り入れにも影響を及ぼしたとみられる。

 緊急時においては,今の経済や生活を守るために,将来のリスクへの対応を猶予するのも止む無しとの判断といえるだろう。

温暖化問題3つの特徴が事態を複雑にする

 「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が纏める科学的知見によれば,温暖化ガス排出は世界の気温を引き上げ,それによって海面上昇や異常気象が起きる可能性が高いことが示されている(正確には,IPCCでは,個別事象ごとにどれほど可能性が高いのかが示されている)。温暖化ガスは一種の公害だが,普通の公害とは違うこの問題の特徴として,第一に長大なタイムラグがあること,第二に世界全体のものであること,第三に不確実性を伴っていることが挙げられる(注1)。

 もし現在の温暖化ガス排出が即,どこかの地域に悪影響を与えるのであれば——たとえばドイツでの石炭火力発電所再稼働が即,ベニスを水没させるのなら,再稼働を簡単に決めることなど到底出来ない。だが,ドイツで再稼働させることによる温暖化ガス排出増は,世界全体の排出増と比較すればほんの僅かである。かつ,その影響が累積されて強く出てくるのも数十年先のことになるものとみられている。しかも今後の温暖化ガス排出量やそれによる温度上昇,その影響がどのようなものになるのかについては,シミュレーションの精度は上がっても依然として不確実性がある。また,その影響が顕在化する前に,問題解決に資する画期的技術革新が生じる可能性もある。

 ただし他方において,二酸化炭素は排出されるとかなりの部分が大気中に累積されていくこと,氷床の融解スピードが一気に加速するなど,温暖化には不可逆的なティッピングポイントが存在すること等もあり,大気中の温暖化ガスの抑制は,早ければ早いほどよい。こうして状況を整理してみると,どこに重点を置くかによって,温暖化問題への個々のスタンスは大きく変化しうることが分かる。

温暖化問題へのスタンス,当面は逆風

 その結果,温暖化問題への対応・優先順位付けは,どのスタンスを取ることが自らの利益になるのかに左右されやすくなる。たとえば米国であれば,化石燃料業界の支援を多く受ける共和党は温暖化問題を軽視する傾向となり,環境NPOやクリーンエネルギー関連企業が支援する民主党は重視する傾向となる。各々が支援者の意を汲んで政策推進していくうち対立はエスカレートし,近年では「アイデンティティ・ポリティクス」の構成要素の1つを担うようになってきている。

 EUについては,新たな分野において得意のルールメイキングで世界をリードしようとの思いもまた,温暖化対応を後押ししてきたものと考えられる。しかし,近年の脱・石炭の前提にあったロシアからの天然ガス供給が崩れつつある今,温暖化問題3つの特徴を踏まえれば,少々スタンスを後退させるのは想定通りの反応といえよう。

 このように,各国・地域のスタンスは常に変わりうるが,当面は温暖化防止には逆風が続くだろう。温暖化対策は世界全体の課題であり,効果を持たせるには各国の協調が不可欠となる。しかし,ただでさえ先進国と途上国との対立(大気に累積している温暖化ガスのうち過去の先進国による排出分を対応策にいかに反映させるか,途上国支援等)があったところに,さらに米中対立,ロシアのウクライナ侵略など,世界を分断する問題が相次いでいて,グローバリゼーションを進めようとする意思は逆転している。国際協調はますます困難の度を深めている。

 個々の国・地域に目を向けても,先進国の足許がふらついている。米国では,11月の中間選挙で本稿執筆時点(11月10日朝)では共和党が下院を奪取する勢い,上院は勢力伯仲の接戦となっており,今後,温暖化対策面での停滞は必至となる。2024年の大統領選挙において共和党候補が勝利した場合,たとえトランプでなくてもパリ協定離脱はありうるシナリオである(状況は異なるが,ブッシュジュニアも京都議定書から離脱している)。欧州についても,ロシアのウクライナ侵略が続けばエネルギー状況の厳しさもまた続き,クリーンエネルギー重用に戻りにくい状態が継続する。

 他方で,欧州のロシア離れは中長期的には化石燃料離れを加速させることになる可能性が高い。また,既に温暖化防止は民間セクターも含めて広く深く埋め込まれつつあることから,これで大きな方向性までが変わることは考えにくい。これからしばらくの間は,温暖化防止の大きな流れを踏まえつつも,政策や情勢の急転換などに対して最善の対応ができるように,リスクの高まりを想定しておくことが必要となろう。

[注]
  • (1)清水啓典(2021)「第2章 気候変動とエネルギー革命―国際的公共財の経済分析―」『気候変動リスクと銀行経営 報告書』pp.47-68。令和2年度金融調査研究会 全国銀行協会
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2745.html)

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