世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2743
世界経済評論IMPACT No.2743

アメリカの新しい対中半導体規制:ハイテク企業売上高の不振

朝元照雄

(九州産業大学 名誉教授)

2022.11.14

 アメリカの対中ハイテク戦争の次の一手は,中国による「世界の工場」の地位弱体化と,半導体を含むハイテク製品などのサプライチェーンを中国からデカップリング(分断)させることである。AI(人工知能)と量子演算能力関連のハイテク技術を規制し(中国のAIと量子演算能力関連のハイテク技術力は強い),アメリカ国籍者による中国のハイテク技術への支援を制限する方向で進んでいる。対中半導体規制の影響を受け,中国にメモリー工場を設けているサムスン電子(西安工場),SKハイネックス(無錫工場)の動向が注目された。あるニュースではSKハイネックスは中国から全面撤退すると伝え,またあるニュースではこれを否定していた。アメリカによる対中ハイテクの規制は,台・韓の半導体事業者に大きな衝撃を与えた。その後,アメリカは日本,ヨーロッパ諸国の半導体製造装置企業にも規制への同調を求めている。

アメリカの対中半導体規制

 アメリカが導入した新しい対中規制の内容は次のようである。

  • (1)半導体製造設備の供給規制。ロジック半導体の製造設備の場合,線幅14/16nm(ナノメートル)以下,メモリー製造設備の場合,DRAMは18nm以下,NAND Flashは128層以上が規制の対象とする。
  • (2)スーパーコンピューター(SC)関連の供給規制。体積が4.16万立方フィートやそれより小さいシステム。総演算力が64ビット単精度平均演算力の場合,200 Peta FLOPS以上,32ビット単精度平均演算力の場合,200 Peta FLOPS以上が含まれる。ちなみに,Peta FLOPSとは,浮動小数点演算を1秒間に1000兆回行うことを表す単位である。ペタ(Peta)は1000兆(10の15乗)を意味している。
  • (3)演算能力による半導体の供給規制。演算能力が4800TOPS以上のHPC(ハイ・パフォーマンス・コンピューティング)半導体を対象にしている。なお,TOPSとは1秒当たり4800兆回の演算が可能の単位を指す。
  • (4)伝送速度による半導体の供給規制。入力と出力が600GB/秒以上の二方向伝送総速度の半導体を対象にしている。
  • (5)末端用途と末端顧客に対する供給規制。軍用スーパーコンピューターへの転用可能のものを対象にしている。新たに中国の28社企業を規制の対象にしている。
  • (6)アメリカ国籍者による中国へのハイテク技術支援規制。アメリカ国籍者,永住・条件付永住者(グリーンカード所有者),在米外国籍者,アメリカの法令による法人機構,企業がアメリカの支社で雇用する人員を対象にしている。中国人(中国系を含む)でアメリカの大学院で学位を取得後,アメリカ企業や大学などに就職し,アメリカ国籍や永住・条件付永住者の資格を取得した者が中国にハイテク技術支援した場合には,国籍や資格を取り消される。該当者はアメリカ国籍・資格をキープするか,放棄するかの選択を迫られる。
  • (7)未認可リストの追加。新たにメモリーのDRAMを製造する長江存儲科技(YMTC),ファブレスの壁仭科技(Biren Technology)など31社の中国企業が規制対象リストに追加された。

 まず,対象のロジック半導体について,ファウンドリーの中芯国際(SMIC)は既に線幅14nmと10nmの半導体チップの量産化ができ,自称7nmのチップの開発ができるが,それ以上の精細化の装置は入手できなくなる。上海華虹集団傘下の上海華力微電子(Huali Microelectronics)は,自称14nmの製造ができるが,それ以上の精細化の装置の入手が出来ない。メモリーについて,長鑫存儲技術(CXMT)の実力は線幅19nmと17nmのDRAMであり,規制の対象は18nmのため,ダメージが大きい。NAND Flashの長江存儲科技(YMTC)とって,128層の半導体設備が規制対象のため,ダメージが大きい。

 ファブレスの壁仭科技(Biren Technology)のAIチップ「Biren BR100汎用GPU(画像処理装置,GPGPU)」の演算能力は,NvidiaのGPU「A100」と「H100」に遜色ないと言われている。この線幅7nmチップは両社ともTSMCに製造を委託したものである(注1)。規制の発表後,10月25日以降,TSMCは壁仭科技からの委託を拒否するようになった。規制の対象になったあと,壁仭科技は従業員の3分の1をリストラした。

対中規制による影響

 スマートフォンと自動車の中国市場は世界最大の規模である。2021年の中国国内で販売されたスマートフォンは3.15億台で,世界シェアの23.3%である。また,同年の自動車の販売台数は2628万台であり,他の国・地域を遥かに凌駕している。同時に,中国の電動自動車(EV)の販売量は273万台で,世界最大の市場である。

 対中半導体規制は,同時にアメリカの半導体設備企業にも影響を及ぼした。ラムリサーチ(Lam Research)によると,2023年の売上高見込みは20~25億ドル減少する。世界最大の半導体製造装置のアプライド・マテリアルズ(AMAT)では年間売上高は約16億ドルの減収が見込まれている。

 半導体製造企業はアメリカ政府にKYC(Know Your Customer=顧客を知る)という顧客情報の確認手続きが必要になる。KYCは通常,マネーロンダリング対策として銀行や証券会社などの金融機関,仮想通貨/暗号資産取引所などの口座開設の際に義務付けられる。この厳格な手法をSC,チップや半導体の製造業者にも当てはめた。

 規制による半導体需要の落ち込みの影響を受けたのか,米ファブレスのAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)の2022年第3四半期の売上高(予測ベース)は67億ドルと,対前年同期比の2億ドル減であったが,売上高(実績ベース)は更に落ち込み56億ドル(同・11億ドル減)であった。売上高の内訳は,データーセンター部門が16億ドル(年増加率は45%増),ゲーム部門が16億ドル(同14%増),組込み機器(embedded devices)部門が13億ドル(同1549%増)である。一方,パソコンなど部門は同40%減で,同部門がAMDの売上高のマイナスの主な要因になった。

 アップル,Googleなどは従業員の募集速度を緩めた。テスラ,マイクロソフトは従業員数100人,ネットフリックス(Netflix)は300人など,全米ハイテク企業は約1万7000人(7~8月)をリストラした。11月に入ると,マイクロソフトとインテルは1000人リストラを発表した。また,メタ・プラットフォームズ(Meta,旧称Facebook)も1万1000人のリストラ策を発表している。

 一方,中国はゼロコロナ政策の継続により,失業率の拡大や不動産バブルの崩壊,地方自治体の財政不足などが起こった。加えてコロナ禍初期の日米欧などのリモートワークによるパソコンやスマートフォンへの旺盛な需要が一段落したことから関連産業も一時期の活況はみえない。約3年弱に及ぶコロナ禍の影響で国民の所得は伸び悩んでいる。エネルギー価格や世界的なインフレもあり,消費はスマートフォンの新機種更新など不急不要の財より,生活目的の必需品に対する消費に絞られた。その結果,スマートフォンやパソコンの需要低迷が生じ,アメリカの規制も重なり,半導体の需要・消費は大きく影響を受けている。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2743.html)

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