世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2738
世界経済評論IMPACT No.2738

ショルツ首相はメルケル路線を引き継ぐのか:EU中国関係悪化の中,G7初の北京訪問へ

田中素香

(東北大学 名誉教授・国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.11.07

 ショルツ首相は11月4日北京で習近平主席,李克強首相と会談した。習主席が独裁体制を強化した共産党大会の直後だけに欧州現地では批判も多いのだが,習主席の訪中要請に応えた。会談はすでに新聞やニュースで詳しく報じられた。ここではEU中国関係との関わりで考えてみたい。

2020年代のEU中国関係の悪化-政治・社会面-

 コロナ・パンデミックで始まった2020年代はどのようなdecadeになるのだろうか。コロナ危機の震源地でありながら,中国はマスクや医療品の供給を感謝せよと居丈高の「戦狼外交」を展開。香港国家安全維持法による民主主義圧殺などもあり,EU諸国の中国を見る目は大衆レベルでも格段に悪化した。

 2020年末メルケル首相が習主席と合意した「包括的投資協定(CAI)」はEU加盟国レベルの承認後,EUの欧州議会が批准を拒否した。新疆ウイグル自治区の人権侵害へのEUの制裁に,中国が制裁の「倍返し」をしたからである。

 21年から習政権はゼロコロナの都市封鎖を貫徹し,グローバルサプライチェーンの麻痺が広範に生じた。不動産不況も非常に深刻で,日本の「失われた10年」を引き起こした不動産バブル破裂を思わせる。経済成長率も下がり,世界の中国経済を見る眼が厳しくなった。

 22年には,ロシアとの「限りない友好」をうたった2月4日の中露首脳声明。その中で中国はロシアの欧州での安全保障要求を支持した。ロシア侵攻を恐れる中・東欧のEU加盟国は強い不信を表明,焦った習政権は4~5月に中・東欧8カ国に特使を送り,釈明してまわった。中・東欧諸国の視線は厳しく,ポーランドは外務省レベルでの面会も拒んだ。

 EUの相次ぐロシア制裁にプーチンは報復し,ドイツ直結のパイプラインによる天然ガスの供給を停止,EU諸国は冬を前にしてガス価格と電力料金の高騰に苦しみ,2桁インフレと来年のマイナス成長を恐れている。プーチンの狙いはEU諸国の分裂である。ウクライナ侵攻後もロシアを公然隠然支える習政権を見る目は,EU全体でさらに厳しくなった。

2020年代のEU中国関係の悪化-経済面-,しかし……

 21世紀にEUと中国は貿易と企業進出の双方で関係を深めた。EUの対中国貿易依存度は上昇を続け,ドイツの最大の貿易相手は過去6年間中国である。多数のEU企業が世紀初頭から中国に進出,中国企業はリーマン危機後に国有企業を先頭にEUに進出した。相互のFDI残高は17年に並び,今日では中国が圧倒する。

 今日,中国の状況を警戒して多くのEU企業は対中FDIを控える。2018~21年にはドイツの3大自動車メーカーと化学のBASFをはじめ独仏蘭英の巨大企業10社がEUの対中FDIに占めるシェアは70%に達する(2000年台半ばからの10年間の平均は50%以下)。それら巨大企業の要望をショルツ首相と社会民党主流が受け止める。ドイツの中国市場への依存度は日本と並んで高く,フォルクスワーゲンの乗用車販売台数はドイツより中国の方が多い。他の供給国を見つけにくい希少金属,EVの電池,気候変動対応の発電パネルや風力タービンも中国に依存する。メルケル政権16年の間に独中間の貿易は3倍に増え,ドイツの貿易赤字は膨大だ。対中貿易に依存する雇用数は350万人との推計もある。ドイツの首相・財界としては対中デカップリングなどとんでもない話なのである。

ショルツ首相の北京訪問

 ショルツ首相は財界首脳を伴って北京に向かったが,滞在はわずか12時間,宿泊なし。北京訪問に合わせてシュタインマイヤー大統領を日本に派遣し,自衛隊とドイツ軍の協力強化で合意するなど,西側諸国の訪中批判に配慮した。

 ショルツ首相は出発前にドイツの日刊紙に5項目からなる長文の説明を寄せた。プーチンの核兵器使用の脅しに反対するよう習近平を説得する。ドイツ政府は世界のブロック化,中国の孤立化,中国の覇権国化,中国中心の世界秩序のいずれにも批判的である。しかし,中国との通商関係において危険な従属関係が,重要原料,希少金属,一定の将来技術などに生じているので,中国と新しい原料パートナー関係を結ぶなどしてドイツ企業を支援したい。台湾については,「一つの中国」政策を支持するが,現状の変更は自由意思と相互承認においてのみ実施できる。

 ショルツ首相はこうした考えを習主席に伝えた。習主席は「核使用の脅威に共同で反対する」と,欧州の懸念に理解を示したが,台湾については「互いの核心的利益」への配慮を求めた。ショルツ首相は中国での知財侵害や外資規制強化でドイツ企業の活動が困難化していると述べ,習主席はドイツ企業への優遇措置を堅持する考えも示した。

 「EUの共通通商政策はドイツが決め,そのドイツの方針はフォルクスワーゲンが決める」とブリュッセルの一部ではいう。半導体など戦略物資を中心に米国との対立が険しくなり,経済成長率の低下も気になる習主席にとって,ドイツを動かし米国と一線を画したEUの行動を引き出したい。米中関係は長期を見据えた覇権国争いになっているが,ドイツやEUはまだ経済優先の考えも強い。ショルツ習会談の先行きは日本にとっても人ごとではない。

 メルケル前首相は在任16年の間に12回,しばしばドイツ大企業の幹部多数を伴って中国を訪問した。ショルツ首相はメルケル路線を引き継ぐようにみえるが,はるかに厳しい情勢の中である。メルケル路線の単なる継承で済むはずはない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2738.html)

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