世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2734
世界経済評論IMPACT No.2734

買弁社会主義者のリスクはないのか

末永 茂

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.11.07

 先日の中国共産党大会で習近平総書記は3期目に入った。一部では習体制は長期政権によって毛沢東を超えるのではないか,との憶測も囁かれている。では建国の父である毛沢東の政治哲学はどのようなものであったのか,改めて振り返ってみたい。代表的著作である『実践論・矛盾論』は1937年7月+8月に発表したものであり,中国共産党の綱領的文書となっている。中国社会主義政権を支える主論点を確認すると次のようなものになる。少々長くなるが引用(岩波文庫版から)してみたい(下線は筆者による)。

 

p.74より(独裁論について)

プロレタリア階級の独裁あるいは人民の独裁を強くするのは,まさに,この独裁をなくし,どんな国家制度もない,より高い段階に進む条件を準備するのである。共産党をつくりかつ発展させるのは,まさに,共産党およびすべての政党制度をなくする条件を準備するのである。共産党の指導する革命軍を創設し,革命戦争を行うのは,まさに,戦争を永遠になくす条件を準備するのである。これらの多くの相反するものは,同時に相成るのである。」

p.82より(農村と都市の矛盾について)

都市と農村との経済的矛盾は,資本主義社会においては(そこでは,ブルジョア階級の支配している都市が農村を残酷に略奪している),また中国の国民党が支配している地域においては(そこでは,外国帝国主義と自国の買弁的大ブルジョア階級が支配している都市が,農村をきわめて野蛮な方法で略奪している),きわめて敵対的な矛盾である。しかし社会主義国においても,我々の革命の根拠地においても,このような非敵対的な矛盾にかわっており,そして共産主義社会になれば,このような矛盾は消滅する。

 

 これらの文面から印象付けられるものは誠に独善的というか,強権的理想主義の謳歌である。事実,大躍進期から文化大革命までの時期には理想社会の裏で,多大な犠牲者が発生した。確かに,ある理想の社会モデルを短期間で実現するためには,それに異を唱える人々や思想を排除しなければならない。しかし永遠にそれは完結することはなく,「共産主義社会になれば」「矛盾が消滅する」というものでもない。緑閃光なら時と場所によっては見ることが出来るかも知れないが,虹の足元を追いかけても永遠にたどり着けないのと同じであろう。

 経済特区の輸出志向工業化戦略は世界市場に連結することによって,それ以前では見られなかった経済成長を実現してきた。その産業的担い手は中国国内の若年層であり,古い世代の人々ではなかった。むしろ,中高齢者は儒教的倫理観と長老支配を政治的分野で温存し,体制護持の役割を果たしてきた。ここがロシア・ソビエトの「移行経済システム」と違っていた。政治と経済の分離的結合体制である。国家主導型とか官主導型と呼ばれてきたものであるが,いずれも強権的な政治介入を是認する市場経済であることははっきりしている。プラスの効果は経済発展に伴う社会変動過程で,例外なく発生する混乱を政治権力をもって抑えることが可能だということである。しかし,行き過ぎると自由の弾圧や圧殺を招くことになり,最悪は国家の解体と難民の大量発生を招きかねない。習体制はこうした事態を歴史的に学んでいるため,先祖返り的に皇帝政治を範としたがる。それ故,長期政権可能な体制への合法的選択になる。政治体制は儒教的社会慣習による長老支配を可能にし,経済産業体制は広範な若年労働市場を活用する。しかも,欧米先進国からの知見導入のために165万人(2019年)もの留学生を送り出している。

 方や,我が国では海外留学や専門知識を有している若年層はラインの主流から外され,非正規労働者として補助的機能しか担わされていない。社会の安定と成熟が進むと大抵は,「唐様で書く三代目」ということになるが,元々この言葉は中国古来のものではなかったか。青色発光ダイオードを発明し,ノーベル賞を受賞した科学技術者が,かつて勤めていた企業にお礼の挨拶に伺いたいと申し込んでも,足蹴にされたことは記憶に新しい。我が国産業界から頭脳流出するのも当然といえば当然なのかもしれないが,技術者の処遇に限らず他の分野でもこうしたことが散見される。大リーグで驚異的業績を残した人が,国内では高校生や少年野球教室の指導しかできないでいる。洋行帰りを無条件に評価するのもどうかとは思うが,何と不条理なことか。人材の活用という面で,我が国は「少子高齢化で労働力不足」を合唱しながら,余りにも既得権益層を守りすぎ閉鎖的になってはいないか。

 中国の話に戻せば,この国は社会主義やマルクス・レーニン主義,毛沢東思想を看板にした国家である。また,中国の研究機関は我が国の研究論文を逐一読み込んでいるといわれている。かつての日本が大量の洋書を紹介翻訳してきた如く,勉強家がそろっている。マルキシズムのコアになる文献は誰でも知っている『資本論』である。この書の研究は東ドイツやソ連以上に我が国の研究堆積は膨大なものがあり,かつては国際水準では群を抜いていた。さらに貿易論に関しては,マルクスはスミス説を継承して自由貿易論者でもある。そして,この分野の研究は古典派経済学として位置付けられ,現代的意義は喪失している。万年危機論と万年野党的体質がそうさせたのだが,これはこれでやむを得ないところだが,中国に頭脳流出することがあれば,どうしたものか?

 かつて,植民地独立運動の過程で買弁資本家と規定され,やり玉に挙げられた階級が存在していたが,なおも社会主義社会を夢見る人々が買弁社会主義者となって中国の先鋒となり,我が国に襲い掛かって来ないのだろうか。中国の海洋進出の懸念が日増しに増大している現状を鑑みると,あらゆる知見と観念を大陸は呑み込もうとしている。台湾周辺やフィリピン沖の制海権を巡って,我が国は有効な国際戦略を構築できるのだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2734.html)

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