世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2710
世界経済評論IMPACT No.2710

熾烈さが増す世界情勢への対応策として

末永 茂

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.10.17

 革命家ゴルバチョフが逝去した。彼の歴史使命は何であったのか。プーチンの評価はさておき,革命も反革命も大変動という面では革命である。因みに,明治維新も担い手の階級性に関する論議はさておき,刷新や維新という程度のものではなく,MEIJI Revolutionである。ゴルバチョフの革命論は情報公開によって社会の風通しを良くすることだったが,そのことが仇となり結局ソ連は崩壊してしまった。思わぬ誤算だったが,社会体制のダイナミズムを象徴する事件として,長く語られることは必至である。ソビエト連邦の崩壊後は「移行経済」として,資本主義経済をロシアにおいて導入ないし蘇生するはずだった。だが,ソ連経済の主要部分を構成していたウクライナ,ベラルーシ,バルト三国は次々と独立し,ロシアから離反して行った。ここでロシア経済の再建を図らなければならなかったが,ロシアは計画経済=統制経済を70年以上も維持してきたわけだから,市場経済や資本主義経済の復活・再生といっても,その手法そのものが国民の脳裏に残存していない。そのため自由主義経済の名のもとに,最も安易な「マフィア経済」的手法を導入することになる。

 それが現在の新興財閥オリガルヒである。オリガルヒは自由の名のもとに社会全般の厚生などには全く関心がなく,直接の利害関係者だけが懐を厚くするから,社会的不満や無秩序のみが繁殖する。これを押さえなければどうにもならない,と判断したエリツィンはプーチンを要請することになる。「KGB資本主義」の登場である。強大な絶対王政を倒すためにフランス革命は自由と平等のためにギロチン台を必要としたが,その後直ちに津波のように反動の嵐とナポレオンを呼び込んだ。現在のプーチンによるウクライナ戦争はこうした歴史の再現過程でもある。

 旧社会主義諸国は国連と世界銀行の国際開発論によって,各国の経済成長を促せば国民経済が向上し,西欧型民主主義が醸成されるはずだった。だが意に反して,この論理と理論は達成されなかったと見るべきである。また,かつての国際共産主義運動のドグマも大きな問題を我々に投げ掛けた。社会主義革命の基本命題は「私有財産制と賃労働の廃止」である。これを廃止すれば新たな歴史局面に移行し,自由で平等な社会基盤を獲得できるというイデオロギーである。観念的にはなるほどと思わせるが,実際の社会革命はこの難題を簡単に成就できるはずがない。それ故,強権的な独裁政権によってこれを断行しなければならない,と教義では主張する。だが,これに最適な時期は「戦時」という特殊例外的な時期のみである。事実,社会主義統制システムはロシアも中国もそしてベトナムも,この時期において成立している。

 世界はソ連崩壊によってアメリカ一極体制と,その経済システムへの傾斜という時代を迎えた。そしてこれと連動するかのように,経済学分野ではマルクス経済学の退潮が急速に進行した。米ソ冷戦の狭間に位置する我が国は,戦後,マルクス経済学とケインズ経済学+新古典派経済学の三大潮流を継承してきたが,国際政治環境の変化は社会科学全般において大きな影響を受けざるを得なかった。そして,経済学はミクロ=マクロ経済学に偏重するものになった。その哲学的基礎は「要素還元主義」の方法を採ることになる。経済現象を部品解像としてしか分析しなくなったのである。もちろんこれに対して,「総体主義(ホーリズム)」に基づいて分析するべきという社会的要請もあり得るが,我々は過去に「ファシズム(結束主義)」という苦い経験を繰り返してきたため,社会有機体説や全体主義,ヘーゲル的絶対精神という哲学に何の媒介もなしに,そこには回帰できない。

 さて,新たに経済学の在り方に大きく影響するだろうと思われる動きが出てきた。「欧州政治共同体(EPC)」という構想である。これはマクロン仏大統領による提唱で,10月6日の初会合ではEU27カ国にイギリス+トルコ+バルカン諸国+ウクライナ等17カ国が加わり,計44カ国から構成されることになった。主な協議の項目は「安全保障」と「エネルギー,気候・経済問題」としているが,明らかに対ロシアを意識した政治同盟で,ヨーロッパ最大級の問題を課題にしている。政治共同体構想は1952年に提唱された経緯があるが,この時点では大きく進展することはなく,各国の対立で結局,経済共同体に留まらざるを得なかった。

 内外の大きな政治動向の転換は経済学の命題を根源から疑ってみなければならなくなるが,その度に「基本概念まで疑問符が付く」のであれば,学理学説というものが成立しなくなる。また,国際問題を考察する際,余りにも単純明快な市場理論では現状解明も不可能で,個別具体的政策提言にも援用できないように思える。世界各国は歴史的に多文化圏を形成してきており,近代西欧的統治のみでは総体としての全球統合は困難である。これまでグローバル化の進展とその反作用によって,多文化圏やイスラム圏の反発は拡大してきた。従って,世界統治システムの形態論争については,社会カルチャーへの介入を当面,極力棚上げにすべきではないだろうか。安全保障など最も基本的な課題についてのみ優先して議論するだけで充分である。基本テーマは人口と軍事問題であり,世界統治軍の創設が求められる。国連が地域紛争の解決に機能麻痺している現状を鑑みれば,当然の帰結である。現実世界には理論が想定するピュアな資本主義も社会主義もイスラム原理主義も存在しない。加えて,ポストモダンの議論も制限的でなければならない。如何なる諸社会も歴史的文化的背景を背負っており,これを一気に全面的に変革することなど不可能であり,犠牲が多過ぎる。

 我が国が国際政治に積極的にコミットするためには,現状の政府機能では不十分だと誰しも感じている。選挙活動がポピュリズムに流され,激動期には対応が難しい。せめて国務大臣に半数近くの民間人専門家を入れるようにすべきではないか。また,憲法は国民投票を経ずして改正できない。一旦この手続きを齟齬なく可決できなければ,当分の間はやり直しがきかない。だが,世界情勢は待ったなしである。普段からの真摯なシビリアンの議論なしに,拙速に国防体制構築という事態になれば,逆の意味でのロシアの二の舞になりかねない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2710.html)

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