世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2707
世界経済評論IMPACT No.2707

フランス大統領選挙・下院選挙後のフランス政治を展望する

瀬藤澄彦

(国際貿易投資研究所 客員研究員・帝京大学経済学部 元教授)

2022.10.10

 フランスの政治情勢は,2022年4月の大統領選挙の後,6月の2回に亘る国民議会総選挙の投票で政権与党が敗北したことにより一気に流動化し始めた。6月28日に始まった下院議会では,与野党の激突が目立った。今後のフランスの政権運営と中長期的な展望を述べる。

 第1にマクロン第1期である2017~22年までの5年間は中道左翼から中道保守へと政治色の変化が色濃く出た時期であった(パリ政治大学院Science Po. Fondapol研究所)。その5年間は次の6つのショックに揺れ続けた。①17年3月29日から始まった英国のEU離脱協定交渉,②18年11月17日に発生したジレジョーヌ運動(黄色いベストをまとった反政府運動),③19年12月5日に火が着いた年金改革反対スト,④20年1月23日に国内での感染が確認されたコロナ危機,⑤22年2月24日に勃発したウクライナ戦争,⑥22年6月19日に下院総選挙で明白となったマクロン政権与党の敗北,である。2017年に掲げた選挙公約「改革」(Revolution)の大部分は未完に終わり,5年間の大部分の期間はこれらの目の前のショックの収拾に追われた。その結果,マクロン政権第2期は第1期の仕切り直しを余儀なくされる。さらに70年代以降,定着していたフランス政治の大統領政党と野党政党の2極化(bipolarization)1時代が終焉して,中道,右派,左翼,環境の多極化政治勢力2の時代に突入したとする意見も出始めた。

 第1期のマクロン政権の統治姿勢は,「対立点に仲裁と妥協を探る均衡重視」のオランド大統領政治から「ジュピター」(威圧的)型統治に移行し不評を買った。そのトップダウン(vertical)から国民の声を聴く政治(horizontal)に舵取りを変えることは可能か。市民公聴会(Référendum d’initiative citoyenne)や9月8日に始まる国民対話構築協議会(Conseil de la refondation nationle)は下院議長のジェラール・ラルシェ議長,FI(不服従)党のメランション党首などから下院議会と重複する混乱を懸念する声が上がっている。

 今後のフランス政治の予想されるシナリオは次の3つである。

 ①「レイムダック」(canard boiteux)状態によって政治的影響力を失った第2期5年間になる。少数与党に転じ,なおかつ3期目のないフランスの大統領に対しては後4年経過すれば不在になるということがポスト・マクロンの権力抗争を掻き立てる。与党グループの7つの党派「アンサンブル」の枢要人物であるMODEM党首のベイルーやHorizon党首で元首相のフィリップ,あるいは与党LREM内の実力者ルメール財務相やダルマナン内相などは政策課題に対しマクロンの意向にとらわれず自由に発言することが多くなった。米国大統領などの残り任期についてよく表現される「総選挙に失敗し任期が残っている国会議員や大統領など政治的な影響力を失った政治家」を揶揄する表現である「足の不自由なアヒル状態」レイムダックになる可能性がある。

 ②立法に困難を伴う与野党伯仲の議会を解散して再び総選挙を実施する選択肢が浮上する。年金改革の社会保障財政法(PLFSS)包括案方式が通過しない場合の内閣総辞職と議会解散の可能性が大統領から示唆された。2002年以降定着していた大統領選挙と総選挙の同時期実施レジームが終わる可能性も指摘されたが,2008年の憲法改正によって大統領権限と議会との関係に一部変更があったことなどから早期解散は見送られた。

 ③独伊型の大連立内閣時代が到来する。政党多極化による困難を乗り切るために欧州では多くの国で政策イデオロギーの異なる政党間で内閣を結成することも多い。フランス大統領選挙後,連立の組合せが予想されているのは,LREM(共和国前進グループ)とNUPES(国民環境社会人民連合),LREMとUDI(民主独立同盟)とLR(共和派),LREMと環境政党と社会党 の3つのシナリオが取り沙汰された。

 社会民主主義的な要素も取り入れた自由市場主義を掲げたマクロン大統領は,就任早々,そのスピーチのなかで“アンメーム・タン”(En meme temps),「同時に」という言葉をたびたび使い話題になった。この用語は実は時間論や現象学で有名なフランスの20世紀の哲学者ポール・リクールの概念である。マクロンはその愛弟子でもあったが,とくにその著書「物語られる時間」(Temps et recit)に影響を受け,権力を構想し実践しいていくには政治の舞台に哲学者として登場しなければならないと考えている。このような考え方や価値観がないと政治の統治は不十分であるとする「物語的同一性」(identité narrative)を重視するあのポストモダン思想に属する立場である。記憶や歴史における自己と他者の混在を説くドイツの哲学者H. ハーバマスからも着想を得たものである。さらに付け加えるならこの「同時に」という表現はマクロンだけでなく,19世紀よりテオドール・ド・フドラや,「反抗的人間」や「転落」などの作品でアルベール・カミュが頻繁に多用した。マクロン自身,収斂の難しい反対の考えを裁量し綜合するための不可欠の論理と述べている。マクロニズムの正体はサン・シモン流の産業主義と,フランス革命のジャコバン派から分派した立憲君主制擁護のフイアン・クラブの流れを汲む社会党系進歩政党の穏健右派を基盤とするものであった。今後,マクロンは分権主義的なジロンド的思考を取り入れことができるのか。

[参考文献]
  • 1 Solenn de Royer, Olivier Faye, Rentrée politique : derrière le président des crises Macron, les interrogations grandissantes sur l’absence de cap. Le monde, le 22 aoùt 2022
  • 2 Boissieu Laurent, La bipolarisation de la vie politique française.
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2707.html)

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