世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2674
世界経済評論IMPACT No.2674

三菱商事は洋上風力のゲームチェンジャーだ

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.09.12

 2020年10月に菅義偉前首相は,就任直後の所信表明演説で,50年までにカーボンニュートラルを実現し,国内の温室効果ガスの排出量を「実質ゼロ」にする方針を打ち出した。さらに半年後の21年4月に菅前首相は,アメリカのジョセフ・R・バイデンJr.大統領が主催した気候変動サミットで,30年度に向けた温室効果ガスの削減目標について,13年度に比べ46%削減することを表明した。

 この46%削減という新目標は,従来の目標(26%削減)を大幅に上方修正したものである。20ポイントも上方修正された削減目標は,21年10月に発足した岸田文雄内閣に引き継がれた。岸田首相は,同年10~11月に開催されたCOP26に出席し,「50年カーボンニュートラル」とともに,「30年度までに13年度比46%の温室効果ガス削減」を国際公約した。

 日本政府は,どのような道筋で50年までにカーボンニュートラルを実現しようとしているのだろうか。その方策は,大きく「電力分野」「非電力分野」「二酸化炭素除去」に分かれる。

 その電力分野での施策に関して中心となるのは,二酸化炭素を排出しないゼロエミッション電源である再生可能エネルギーの活用である。内閣官房が関係各省庁と連携し21年6月に発表した改定版の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」(「改定版グリーン成長戦略」)においても,重点14分野のうちの1番目に「洋上風力・太陽光・地熱産業(次世代再生可能エネルギー)」を挙げている。

 これらのうち最も伸びしろがあるのは,洋上風力である。「改定版グリーン成長戦略」は,洋上風力ついて,「30年までに1,000万kW,40年までに浮体式を含む3,000万kW~4,500万kWの案件を形成する」ことを,政府の導入目標としている。そして,「着床式の発電コストを,30~35年までに,8~9円/kWhにすること」を目標の一つとして掲げる。

 その洋上風力の分野で,最近になって,ゲームチェンジャーが登場した。

 21年の12月24日,エネルギー業界に衝撃が走った。政府が洋上風力の事業者を決める第1回目の公募で,対象となった3海域のすべてについて三菱商事を中心とする企業連合が,入札に成功したからである。具体的に勝者となったのは,秋田県能代市・三種町・男鹿市沖と千葉県銚子市沖では三菱商事とシーテック,秋田県由利本荘市沖では三菱商事・シーテック・ウェンディジャパンであった。

 この公募では,事業者の選定にあたって,事業の実現可能性や立地地域の地元対応などの定性面を50%,売電価格を見る定量面を50%,評価する方針をとった。三菱商事を中心とする企業連合は,定性面について,能代市・三種町・男鹿市沖で応札した5事業者中1位,由利本荘市沖で5事業者中2位(1位はレノバ&東北電力ら),銚子市沖で2事業者中2位(1位は東京電力リニューアブルパワー&オーステッド)であった。定性面では必ずしも1位ではなかったわけであるが,定量面で他を圧倒した。三菱商事らは,kWh当たりで能代市・三種町・男鹿市沖では13.26円,由利本荘市沖では11.99円,銚子市沖では16.49円という驚くべき低位の売電価格を提示した。それぞれ定量面で2位となった事業者が示した売電価格が,kWh当たりで能代市・三種町・男鹿市沖では16.97円,由利本荘市沖では17.20円,銚子市沖では22.59円だったことを考え合わせれば,三菱商事らの「価格破壊」ぶりがよくわかる。

 第6次エネルギー基本計画を策定する過程で発電コスト検証ワーキンググループが21年7月に発表した30年の電源別発電コスト試算では,発電コストの下限値が,kWh当たりで太陽光(事業用)は8円台前半,陸上風力は9円台後半,洋上風力は26円台前半とされた。政府の発電コストの目標値は,kWh当たりで太陽光(事業用)が25年7円,陸上風力が30年8~9円,洋上風力が30~35年8~9円であるから,その時点では,太陽光(事業用)や陸上風力は目標達成が視野にはいったものの,洋上風力は目標達成が困難だと思われた。しかし,その5ヵ月後に三菱商事らが提示,落札した売電価格は,洋上風力についても,コスト削減の目標達成が可能であることを示すものであった。三菱商事を中心とする企業連合は,まさにゲームチェンジャーとして登場したのである。

 さまざまな国際機関による調査結果は,再生可能エネルギーの需要規模が世界的規模で今後,顕著に増加することを伝えている。再生可能エネルギーの需要規模が増大するという見通しが成り立つ背景には,再生可能エネ発電コストが傾向的に低下しているという現実がある。発電コストの低減は太陽光についてとくに著しく,洋上風力と陸上風力についても基本的にあてはまる。

 このような再生可能エネルギーをめぐる世界の状況と比べると,日本の現状は大きく異なる。再生可能エネ発電コストの低減の面でもわが国は各国に遅れをとっており,「再生可能エネは高い」という意識が国民のあいだに広がっている。世界と日本とのあいだには,ギャップが存在するのである。

 このギャップを埋めるうえで,今回の三菱商事らの「価格破壊」が果たす役割は,きわめて大きいと言える。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2674.html)

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