世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2656
世界経済評論IMPACT No.2656

ウクライナ危機と石炭火力発電の「二つの未来」

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2022.08.29

 2022年8月1日に「世界経済評論インパクト」No.2619として発信した「ウクライナ危機が浮き彫りにした原子力発電の「二つの未来」」の最後に,「ウクライナ危機は,原子力について,短・中期的にはその重要性を再認識させるとともに,長期的にはその安全性に対する根本的な懸念を生起したと言える。危機を通じて,原子力の対照的な「二つの未来」が浮き彫りとなったのである」,と書いた。石炭火力についても,原子力に近いことが言える。

 ロシアのウクライナ侵略が加速させた「エネルギー危機」は,すぐれて「天然ガス危機」の性格を有している。

 20年なかばからエネルギー価格が上昇するなかで,欧州諸国では,この2年間にガス料金や電気料金が数倍になった事例もあった。それに比べれば,日本のガス料金・電気料金の値上げ幅はずっと緩やかである。この違いが生じる理由は,重要な電源であり熱源である天然ガスの調達に関して,日本は欧州に比べて長期契約の比率が高く,スポット契約の比率が低いという事情に求めることができる。

 スポット契約による取引価格は,市場の需給関係の動きを反映して,激しく変動する。これに対して,長期契約による取引価格は,長い目では需給動向を反映するものの,変動の度合いがはるかに緩やかだ。現在のように需給が逼迫している状況下では,スポット契約価格は急騰し,長期契約価格は徐々に上昇する。19年のLNG(液化天然ガス)調達におけるスポット契約の比率は,日本で13%であったのに対し,欧州では33%に達した。この差が,ガス・電気料金の上昇度合いの差につながっているのである。

 ロシアからのLNG調達の停止は,調達先の変更にとどまらず,多くの場合,調達契約の変更(長期契約からスポット契約への変更)をともなう。つまり,量的不足だけでなくコスト上昇の打撃も避けられない。ロシアが拍車をかけた「エネルギー危機」がすぐれて「天然ガス危機」である根拠は,ここにある。

 ロシアのウクライナ侵略が加速させた「天然ガス危機」は,短・中期的には代替財としての石炭の価値を高める。現在,日本では,熱効率が高く発生電力量当たりの二酸化炭素排出量が相対的に少ない超々臨界圧の石炭火力の建設が進行中である(中国電力・三隅2号機,JERA・武豊火力5号機および横須賀火力1・2号機)。これらの新設工事は,24年には完了する予定である。短・中期的には,新設された高効率石炭火力は,わが国における電力の安定供給に貢献するだろう。

 しかし,いくら高効率石炭火力であっても,相当量の二酸化炭素を排出することには変わりはない。日本が「50年カーボンニュートラル」をめざす以上,長期的には,石炭火力そのものを停止しなければならないのである。

 日本が考える長期的な石炭火力からの脱却策は,アンモニア火力への転換である。「天然ガス危機」が深刻化する状況下では,短・中期的に石炭火力への依存を高めるのはやむをえない。しかし,長期的にはロードマップを示し,いつまでにどの程度石炭にアンモニアを混焼し,最終的には何年にアンモニア専焼火力に切り替えるか(つまり,石炭火力を廃止するか)ということもはっきりさせるべきである。

 一般的に言って,問題があるAという手段をやむをえない事情で使う場合は,必ず,Aから脱却する道筋をもまた,合わせて提示しなければならない。つまり,ウクライナ危機下で石炭火力がある程度「復活」し,それへの依存期間が延びるということは,最終的に石炭火力をたたむ道筋を示すロードマップを明示する必要性がいっそう高まったことも意味するのである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2656.html)

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