世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.560
世界経済評論IMPACT No.560

日本の対米輸出の衰退とTPP

大木博巳

(国際貿易投資研究所 研究主幹)

2015.12.21

 TPPによる巨大な経済圏の創出を睨み,日本政府は新輸出大国を打ち出した。日本は,かつては輸出大国と呼ばれた時代があった。80年代後半から90年代初めにかけて,世界貿易に占める日本のシェアは1割前後を維持していた。しかし,その後,日本は凋落して,貿易大国は中国に移った。その中国は,2010年4月18日に「ポスト危機時代の中国貿易発展戦略」を発表して,輸出大国から輸出強国に転換することを掲げている。高付加価値部門の製造業や省エネ産業,サービス産業を新たな輸出産業とする戦略である。

 中国から見れば,日本は十分に中国が目指す貿易強国に分類される国の一つであるが,TPPの合意を受けて日本は新輸出大国の実現を目標に置いた。発表された資料によれば,新輸出大国は,大企業が中心であった輸出に中小企業が積極的に参画して,欧州諸国のように中小企業も輸出を支えるような体質に変えようとするものである。さらに,農産品・食品やインフラシステムの輸出,コンテンツ,サービスの輸出促進もそこに含まれている。

 新輸出大国の実現に向けて欠かせないのが米国市場である。新規参入が容易で,努力が報われる市場である。何よりも,日本が輸出大国であった時代は,対米輸出が元気の良い時代であった。貿易摩擦を抱えながらも,日本から電気製品や自動車の輸出が伸びた。筆者は日本の輸出大国の凋落は,対米輸出が停滞し始めた辺りから始まったとみている。1994年の日本の対米輸出は,米国の輸入統計でみると,米国の輸入に占める日本のシェアは17.9%,ほぼEUと同じ規模であった。米国の中間財輸入に占める日本のシェアは18.2%,資本財は29.9%,消費財は16.6%と他を圧倒していた。しかし,20年後の2014年には,それが米国の輸入に占める日本のシェアで5.7%,中間財は7%,資本財は6.6%に激減し,韓国やドイツと競合する普通の国になってしまった。これが,日本の対米輸出のニューノーマル(新しい現実)である(詳細はITI季刊誌「貿易と国際投資」102号掲載「日本の輸出構造分析(4) ニューノーマルにおける対米輸出の課題」を参照)。

 日本の対米輸出が衰退した要因は様々あるが,中でも,日本を生産基地として米国で大量に販売できる量産品がなくなったことが指摘できる。とりわけ,輸入単価が100ドル~500ドルの製品で対米輸出が大きく落ち込だ。米国の輸入品目(HS6ケタ)の中で,日本製品が50%以上の輸入シェアを持っていた輸入品目数は,1994年には306品目あった。米国の対日輸入品目に占める割合では僅か8%に過ぎなかったが,これら306品目の輸入金額は472億ドル,米国の対日輸入額の約4割を占めていた。しかし,2014年には,激減して米国の輸入品目で50%以上のシェアを持っている日本製品の数は,83品目に減り,金額は96億ドル,米国の対日輸入の7.2%に過ぎない。ホームランバッターがいなくなった野球チームのようなものである。

 今回合意されたTPPのスキームによって,日本から量産品の輸出を劇的に増やすホームランバッターが登場することは想像できない。日本を生産基地として輸出している製品の特徴は,①電子部品のように微小加工による小型化と高性能化を進めて価格が低下する一方で,輸出数量が大きく増加しているような製品,②高級自動車や工作機械のように輸出単価が1万ドル以上はする高価格品に2極分化している。

 TPP合意を受けて米国の関税撤廃が広範囲に及んでいることから,対米輸出には追い風である。化学品,繊維品,タオル,鉄鋼製品,自動車部品,家電,工作機械,2輪車,自転車,サングラス,楽器,腕時計,釣り道具,ボールペン,陶磁器など,大企業のみなら中小企業にまで対米輸出に有利に働く。特に,余暇関連,化粧品,装身具,文具など高機能の最終消費財が新たな輸出拡大のチャンスをつかんだのではないか。日本企業は,ボールペン,マーキングペン,娯楽用船舶,グランドピアノ,サングラス,紙(プラスチックでコーティングしてあるもの),オートバイ等の高機能最終消費財に競争力を持っている。

 日本の対米輸出を活性化することが,日本の新輸出大国の始まりとなろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article560.html)

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