世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.621
世界経済評論IMPACT No.621

カンボジアが製造業を強化するために必要なことは…

大木博巳

(国際貿易投資研究所 研究主幹)

2016.04.04

 昨年9月にカンボジア日本人材開発センター(CJCC)を訪問した。2004年にカンボジア王立プノンペン大学内に「日本センター」として設立された機関で,JICAの支援を受けながら産業人材育成を行ってきた。事業は,ビジネスコースと受講者ネットワークの運営,日本語コースの実施および国際交流が3本柱となっている。2012年以降もJICAのプロジェクトは継続しているが,現在は基本的に独自予算で運営している。コスト面の持続可能性がないため2013年,長期の日本人講師招聘は中止した。

 センターの3本柱のうち,ビジネスコース担当部長から話を聞くことができた。部長は,2年前に新設されたプノンペン大学エンジニア学部の副学部長でもある。プノンペン大学の化学科を卒業後,日本の地方の国立大学でバイオ技術を学んだ後,英国の大学に留学している。ビジネスコースは,日本的経営,5Sと改善,中小企業向け財務計画基礎,人的資源管理などに加えて,リーダーシップ,コミュニケーション,演説法といったソフトスキルを教えている。各科目には短期コースもあるが,6カ月の起業家コースを中心に据えている。起業家コースは2005年に創設されている。月・水・金の週3回,1日2時間で夜間に講義を行っている。1コースの定員は40人,毎回50人程度の応募があるため選考をしている。受講料は総額350ドルである。内部の講師だけでは対応しきれないので,民間のコンサルティング会社などへの外注を組み合わせて,必要な講師数を確保している。

 ビジネスコースの中には「日本的経営」という科目もあるが,その他の科目では日本的な要素が強調されているわけではない。かつて,JICAの支援があった2005~2012年には日本からの専門家派遣もあり,日本人の講師も長期に派遣されていた。このため,日本企業の取り組みの紹介などを通じて「日本的経営」の要素が反映されていた。

 副学部長は,個人的感想と断ったうえで,カンボジアでは日本のビジネスのやり方は通用しにくいと端的に述べた。学んだことの多くは活かせそうにはないし,日本人の講師も必ずしもカンボジアの事情をよく理解しているとは感じられなかったという。日本企業のプレゼンス,とくに製造業でのプレゼンスが限られていることの影響もあるかもしれない。ただし,日本人講師が内容面かつマーケティング面で必要な分野があることを認めている。具体的には,生産管理やリーダーシップ,戦略的経営の1~2日の短期コースには日本人講師を招聘している。CJCCの特性の1つなので残しておきたいとしている。

 日本の事情を熟知している副学部長が述べたように,カンボジアでは日本のビジネスのやり方が,うまく浸透しない理由を見つけることは難しくはない。例えば,日系の自動車が自前の修理工場を開設しても,経験のある技能者を探すのは容易でない。カンボジアには技能訓練を提供する機関がないし,採用したとしても社内に経験者がいないから教えることもできない。そこで,コストはかかるが,日本に派遣しても,帰国すると他社に引き抜かれてしまう。先発国の経験から,自動車整備業,電気製品修理業などが長期的に見て部品メーカーの苗床となる可能性がある。スキルをしっかり取得した従業員が独立起業するからである。より収入が高い方に流れてしまうジョップホッピングが当たり前のカンボジアでは,人材が根付かないようである。

 前述したプノンペン大学のエンジニア学部は,定員は3学科(IT,通信,バイオ)で270人,20%程度がエンジニアとして就職することを目指している。技能系なら製造業からある程度の求人はあるが,技術系は非常に限られており,容易ではない。カンボジアでは,民間のニーズはハードスキルよりむしろソフトスキルの向上にあることも影響しているのであろうか。CJCCのビジネスコースでは,リーダーシップ,コミュニケーションのソフトスキルがコースに取り入れられている。それ以上に評価の高かったのが2015年に始めた中小企業向け財務計画基礎のコースだった。

 カンボジアに進出している外資が,求めているのは割安な労働力である。カンボジアの製造業は外資に依存し,その多くは縫製,製靴産業がほとんどと言っていい。内外資を含む適格投資プロジェクト(QIP)認定企業数で見ても,1995年からの累計で両産業が7割を占めている。縫製産業はCut, Make & Pack(CMP)業種と呼ばれている。素材は中国や近隣諸国から輸入し,カンボジアで調達できるのはハンガーとボタンぐらいである。

 労働人口が約700万のカンボジアが,投資の優位性を割安な労働力に求めても,いずれ限界が来る。労働コスト面でのカンボジアの優位性はそう長続きはしない。その前に何か手立てが必要である。カンボジア政府は,2015年8月に「産業開発政策2015-2025」を制定した。これは,今後10年間で,(1)第2次産業のGDPに占める割合を30%に引き上げる(2)輸出品の種類を縫製品以外にも広げることなどを目標に掲げている。製造業の強化を打ち出しているが,実態は,機械部品や素形材関連の産業が国内で育っておらず,必要な部材はすべて輸入に頼っている現状では,計画の実効性は覚束ない。それでは何をすべきか。詳細は,国際貿易投資研究所の「メコンはチャイナ+1,タイ+1を生かせるか」(ITI調査研究シリーズNo26,近刊)に譲るが,筆者の私見は次の3点である。

 まず,賃金を大幅に引き上げることである。カンボジアのアパレルなど縫製産業の最低賃金は140ドルと高騰している。しかし,中国と比べれば割安である。賃金を引き上げることにより,賃金水準に見合った生産性の向上に取り組むインセンティブが働く。また,賃金水準を引き上げることで,法制度の不透明な運用も改善されて,不透明な支出が減るかもしれない。これはカンボジアの投資環境にプラスに働くことになる。

 次に,起業家を多数輩出させて新規ビジネスにチャレンジすることである。特に外資企業との連携を深めることでビジネスノウハウを獲得し,外資の下請けとして成長機会を探る。CJCCのビジネスコースの役割は大きい。

 最後に,日系企業の現地中核従業員の育成支援に優先的に取り組む。直接現地資本企業の立ち上げを支援するより効果が期待できる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article621.html)

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