世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中芯国際の副会長の辞職と台湾人閥の退場:中国最大ファウンドリーの微細化技術に限界か
(九州産業大学 名誉教授)
2021.12.13
11月11日,中国最大の半導体受託企業(ファウンドリー)の中芯国際集成電路製造有限公司(SMIC)から次の発表があった。台湾人でTSMC(台湾積体電路製造)の研究開発出身の蒋尚義は,副会長(副董事長),執行理事,理事会戦略委員会メンバーを辞職した。辞職の理由は「家に帰り,家族と過ごしたいため」という。
同じくTSMC出身で,共同首席CEOの梁孟松の職位はもとのままであるが,独立理事を辞職した。また,楊光磊は独立非執行理事と給与委員会メンバーの職務を辞職した。これによりSMICの上層部にいたTSMC出身の「台湾人閥」は,権力の中枢から“退場”することになった。
梁と楊がTSMCの在職中,2003年に世界で初めて0.13μm(マイクロメートル)銅製造プロセスを開発した。当時の技術開発(R&D)を主導したのが蒋である。蒋はTSMCのR&D副総経理,共同最高執行役員(COO)を歴任し,2013年にTSMCで定年を迎え,2016年にSMICの独立理事に就任,2019年には武漢弘芯のCEOに移籍した。ところが,武漢弘芯で「世紀の詐欺」と言われた事件が発生,半導体と関係ない中国人が政府からの半導体の補助金詐欺を申請するため,蒋が利用された。蒋にとって武漢弘芯時代は「悪夢」である。その後2020年に再度SMICから副会長として迎えられた。
(1)なぜSMICの理事会から離れたのか
SMICのR&D担当の3人は理事会を辞職したのか,それとも辞職を迫られたのか,多くの人々がその原因を憶測するようになった。これまで,SMICはTSMCの技術開発者を積極的にヘッドハンティングすることで,先端技術を取得してきた。3人の辞職は中国共産党六中全会が終わる時期に合わせて意図されたものなのか,それとも偶然なのか。SMICの発表によると,蒋,梁および楊の3人の台湾人の離職後,理事の後任者はすべて中国人になり,このニョースは業界で大きな話題となった。
SMICの2021年第3四半期の売上高は,対前年同期比で22%増,同じく純利益も137%増であった。しかし,この3人の理事離職が発表された日,同社の香港証券取引所での上場株価は一時6%も低下し,上海「科創板」(中国版ナスタック)も5%低下した。業界関係者の分析によると,蒋の離職は以下の3つの理由があると見られている。
まず一つ目に挙げられることは,SMIC内部の3つの派閥の権力闘争が絶えず続いていたことである。SMICに台湾人技術者が大勢いるのは,過去においてTSMCは生産拡大のため,業績が芳しくない台湾の世大積体電路を買収した。これに嫌気をさした世大の張汝京総経理(社長)が,数百人の部下を引率して上海に渡り,上海市政府の資金でSMICを設立したことに由来する。これがSMICにおける「台湾人閥」である。一方,「中国人閥」は上海政府関係者で構成され会計・財務の専門が多い。さらにアメリカなどの中国人の留学経験者で構成される「海亀(海外帰国)閥」があり,SMICの今後を支える新興勢力と言われている。この3つの力関係は盤根錯節としており,かねて不和の気配が存在していた。
去る9月4日に辞職した周子軍SMIC会長の後継会長は,副会長の蒋ではなく,首席財務長(COO)の中国人の高永崗による会長代理に就任したものも蒋の辞職の背景と見られている。
なお,補足情報として,2020年12月に蒋がSMICに戻り,副会長兼執行理事に就任した時,梁はこの事案を知られておらず,自身を蔑ろにされた不満から辞職を申し出た。ある情報によると,蒋と梁はTSMCの在職中から折り合いが悪かったという。その後,SMICは2000万人民元以上に値するマンションと,34万ドルの年俸を135万ドルに大幅に引き上げることで,梁の辞職を翻意させることができた経緯がある。
二つ目の理由としては,蒋が武漢弘芯からSMICに出戻った際,先端封止め技術とチップレット(別々のCPU,GPU,モデム,SRAMなどのウエハーで製造したチップを繋ぐことにより,ある一つの機能を持つSoC(システムLSI)を形成すること)を導入して業績へ貢献することを目論んだが,SMICはこれを採用しなかった。このため蒋はSMICでの居場所が無くなってしまった。
そして,三つ目の理由としては,アメリカによるエンティティー・リストを用いた制裁があげられる。SMICには中国軍関係との取引があることから,アメリカ国防総省からエンティティー・リストの制裁の対象になっている。このため,最先端の線幅5nm(ナノメートル)ウエハー製造に欠かすことができないEUV(極紫外線ソグラフ)をオランダのASMLからSMICは輸出することが禁止されている。その後,バイデン政権は新たに管制禁止令を発表し,成熟プロセスの28nmウエハー製造に必要とするDUV(深紫外線リソグラフ)も,SMICへの輸出管制の対象にした。蒋はTSMC在職時ASMLとの関係が良く,対ASMLの商談に期待がかかっていたが,最終的にEUVもDUVも調達することができないこととなり,蒋にとっては与えられた使命を果たすことが出来なくなった。蒋の辞職の理由はこの3点のとした場合,なぜ梁と楊も理事会から離れることになったのか。
関係者によると,かねてSMICの理事会メンバーが政策決定時に,コンセンサスを得ることは難しかったという。それは半導体の技術と商業運営のほかに,政治的なイデオロギーなどの問題が多く存在しているためだ。台湾有事のリスクが取り沙汰される今,中国は台湾から信頼されなくなり,今後より多くの台湾人が中国から離れる可能性が高い。また,SMICが中国軍用の設備に半導体を提供していることから,中国の機密情報が漏洩を防ぐため,台湾人を理事会から外した方が,都合が良いという見方もされている。
(2)研究人員の減少はビジネスの拡大の支障になるのか
SMICの2021年の上半期財務報告書(6月30日まで)によると,研究開発人員1785人で,昨年同期は2419人と比べて634人の減少で,減少幅は26.2%である。研究開発人員の給与は2.3憶人民元で,昨年同期は3.26億人民元である。研究開発人員の平均給与は12.9万人民元で,昨年同期は13.5万人民元である。いずれも減少が見て取る。
[参考文献]
- 朝元照雄「中国最大の半導体受託製造:中芯国際のトップの更迭と苦悩」世界経済評論IMPACT,No.2282,2021年9月13日。
- 朝元照雄「TSMCの“裏切者”か,中国半導体の“救世主”か:中国に渡った台湾人技術者―張汝京と蒋尚義」世界経済評論IMPACT,No.2303,2021年10月4日。
- 朝元照雄「TSMCの“裏切者”か,中国半導体の“救世主”か:中国に渡った台湾人技術者―梁孟松と高啓全」世界経済評論IMPACT,No.2309,2021年10月11日。
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