世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2361
世界経済評論IMPACT No.2361

「アベノミクス」は250年も前に葬られていた:経済学創始者による貨幣数量説批判

紀国正典

(高知大学 名誉教授)

2021.12.06

 「アベノミクス」とは,2012年から安倍政権が実施した政策で,2%の物価上昇を目標に日銀が大規模に日本国債を買上げる量的金融緩和政策のことである。日銀が国債を買い上げ市中に貨幣を大量供給すれば,物価が上昇し,デフレから脱却できるというのである。

 しかしそれから9年が経過しても,2%の物価上昇は達成できず,銀行経営が危なくなり,金融システムは働かず,副作用だけが拡大している。そして2020年末集計で,日銀が国家予算の5倍をこえ国内総生産規模に迫る532兆円もの膨大な国債を抱え,今や日本は,ハイパーインフレの貨幣破産と財政破産の淵にある。安倍政権は,誤った貨幣数量説を巧妙に最大限利用して,財政と金融の癒着合体を仕上げ,無責任金融と無責任財政を推進したのである。度重なる政権腐敗によって安倍政権は自滅したが,アベノミクス国家破産は,「隠れアベノミクス」である2021年10月発足の岸田政権のもとで進行中である。

 「アベノミクス」の理論的根拠になっているのが貨幣数量説である。貨幣数量説とは,流通貨幣量が増加すれば,それに比例して物価が上昇する作用が働くとし,貨幣数量と物価の間に比例関係をみる貨幣・金融学説で,1752年にディビッド・ヒュームが提唱した。

 ところが250年も前にこの貨幣数量説は,経済学を学問として最初に確立した二人の知の巨人,アダム・スミスとサー・ジェイムズ・ステュアートによって,完膚なきまでに批判され,葬りさられていた。経済学の歴史では,「アベノミクス」の理論的支柱の貨幣数量説は,最初から死んでいた貨幣・金融学説だったのである。

 スミスは,1776年刊行の『国富論』において,次のように,貨幣数量説を批判した。

 彼は,貨幣に対して信用があるケースでは,貨幣数量が増加しても,当面必要でないものは蓄蔵され,流通貨幣量が増加しないから,貨幣数量説のいうような物価上昇作用は起こり得ないと説く。金銀などのような金属貨幣やそれと交換できる兌換銀行券はそれ自体に価値があり蓄蔵されるが,スミスはこれを不換銀行券や政府紙幣などの紙券貨幣に拡大し,発行者の「財産,誠実さ,慎重さ」に対する信用があれば,それも蓄蔵されるという。

 他方,貨幣に対する信用が低下した場合,つまりなんらかの原因によって貨幣不信が発生したケースでは,これによって貨幣減価が発生し,この安くなった貨幣で財貨を評価・流通させるので,流通貨幣量は増加し,物価も名目的に上昇すると説く。しかしこの場合に,最初に貨幣減価があってそれが流通貨幣量を増加させたのであって(貨幣減価→流通貨幣量増加),貨幣数量説のいうように,貨幣数量の増加が貨幣減価を引き起こした(流通貨幣量の増加→貨幣減価)のではない。スミスは,この貨幣減価の原因について,金属貨幣については,新しい鉱山の開発による生産費の低下と,政府が貨幣(金銀貨)に含まれる貴金属分量をかすめ取って減価する場合をあげている。紙券貨幣については,上記の発行者に対する信頼以外に,即時の支払いの不確実性や支払い期間の長短などをあげている。

 ステュアートは,1767年刊行の『経済の原理』において,貨幣数量説を三つの命題にまとめ,それを逐一,詳細かつ的確に批判した。そのポイントだけ紹介してみよう。

 彼は,貨幣数量をどれだけ大きな割合で増減させてみても物価に影響はなく,物価を決めるのは,究極的に需要と供給の法則とそれに作用する様々な経済要因だけであると説く。そして貨幣数量をいくら増加させてみても,物価を騰貴させるのは,それを使おうとする欲求であるという。この支出欲求がなければ,つまり貨幣を使おうとする意欲がなければ,貨幣は流通から引上げられ蓄蔵されてしまうのである。またステュアートは,仮にこの支出欲求が高くて供給増加を引き起こし,物価を一時的に上昇させたとしても,それに対応して需要が増加すれば物価は低下し,持続的な物価騰貴は起こり得ない,と説いている。

 ではなぜ,貨幣数量説は今でもこの世をさまようのか。それは古典派経済学の完成者と評価されるディビッド・リカードが,財政と金融の癒着合体を阻止するため,スミスを曲解までしてこの亡霊をあの世からよみがえらせたからである。この経緯は次々回のコラム。

(詳しくは,紀国正典「貨幣数量説と貨幣減価の謎(1)―アダム・スミスの残した課題―」高知大学経済学会『高知論叢』第120号,2021年3月参照。この論文は,金融の公共性研究所サイトの「国家破産とインフレーション」ページからダウンロードできる)。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2361.html)

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