世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2332
世界経済評論IMPACT No.2332

化学産業のカーボンニュートラルへの道

橘川武郎

(国際大学 副学長・大学院国際経営学研究科 教授)

2021.11.08

 政府は,2050年までにカーボンニュートラルを実現するための方策を,「電力」「非電力」「炭素除去」の3分野に分けている。「電力」では再生可能エネルギー電源の拡充とアンモニアや水素を燃料とするカーボンフリー火力の導入が,「非電力」ではEV(電気自動車)の普及などによる電化の進展と水素還元製鉄・メタネーション・e-fuel(合成液体燃料)などの形での水素の活用が,それぞれ鍵を握る。それでも残る二酸化炭素の排出については,植林・DACCS(二酸化炭素直接大気回収・貯留)などの「炭素除去」の施策でオフセットする。これが,政府のカーボンニュートラル方針の概要である。

 50年になっても二酸化炭素を排出し続けている可能性が高い産業としては,化学産業をあげることができる。石油由来のナフサの分解によって得られる留分を使って付加価値の高い製品を生産する石油化学工業が,化学産業のなかで大きな比重を占めるからである。

 もともと化学産業は,鉄鋼業に次いで,二酸化炭素の排出量が多い産業である。それだけでカーボンニュートラルへの道は険しいと言えるが,いくつかの事情がその道筋をさらに複雑なものにしている。

 カーボンニュートラルに関連して「脱炭素社会」という言葉がしばしば使われるが,そのような社会が到来すれば,化学産業は存立基盤を失う。化学産業とはそもそも,「炭素を使って人々を幸せにする産業」だからである。化学産業がめざすべきは「脱炭素」ではなく,「脱二酸化炭素」であることを,まずはっきりさせておかなければならない。

 また,すべての産業が直面する二酸化炭素排出量の削減だけでなく,廃プラスチックの処理という固有の問題を抱えている点も重要だ。脱二酸化炭素とプラスチックリサイクルという二つの課題を,同時に達成する必要がある。

 さらに注目すべきは,第6次エネルギー基本計画が30年度の一次エネルギー需給見通しを策定するにあたって,同年度におけるエチレン生産量を従来の想定と同じく570万トンと据え置いたことである。これは,同計画が従来水準と比べて,粗鋼生産量を25%,紙・板紙生産量を19%,それぞれ削減したことと対照的だと言える。この事実は,化学産業の場合には,鉄鋼業や製紙業で見込まれる「産業縮小による二酸化炭素排出量の低減」が,向こう10年弱は生じないことを意味する。化学産業の未来にとっては良いことであるが,それだけ脱二酸化炭素のハードルが高くなるということでもある。

 これらの事情をふまえて化学産業は,どのような施策で脱二酸化炭素をめざすのか。同産業を所轄する経済産業省製造産業局素材産業課によれば,50年カーボンニュートラルをめざすその道筋は,大きく三つに分かれる。

 第1は,熱源の転換である。基礎化学品の生産の出発点となるのは,ナフサを熱分解する炉である。そこで使用する熱源を燃焼時に二酸化炭素を排出しない物質に変えないかぎり,化学産業のカーボンニュートラルは達成されない。21年6月,IHIと出光興産は,アンモニアサプライチェーンを構築するプロジェクトの一環として,出光興産の徳山事業所(山口県)にあるナフサ分解炉で,アンモニアを燃料として混焼する方針を打ち出した。アンモニアは燃焼時に二酸化炭素を排出しないので,この動きは,熱源転換の突破口になるかもしれない。

 第2は,原料の循環である。この点では,廃プラスチックを回収して化学原料として再利用するケミカルリサイクルが重要な意味をもつ。川崎市は,現在,カーボンニュートラルコンビナート構築へ向けたビジョンの策定を進めているが,そこでは,このケミカルリサイクルが中心的な柱の一つとして位置づけられようとしている。

 第3は,原料の転換である。この点については,イノベーションを起こし,二酸化炭素そのものを化学原料として利用できるようにすることが,理想形である。いわゆる「CCU」(二酸化炭素回収・利用)であるが,化学産業は,その中心的な担い手となる。二酸化炭素を原料にして,ポリカーボネートやポリウレタンなどの機能性化学品を製造できるようになれば,化学産業だけでなく地球全体の未来も明るいものになるだろう。

 脱二酸化炭素をめざす化学産業の登り道は険しいが,その先には崇高な頂が待っている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2332.html)

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